ブルージュ歴史地区(Belgium・Belfort) |
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ブルージュ(ブルッヘ)の鐘楼 ベルギーの鐘楼は教会とは直接には関係なく、中世の人々が「自由と権力のシンボル」として建てた。ゴシック建築の教会の尖塔のように高くなるにつれ細く尖ってつくられるのではなく、長方形をそのまま縦に建てたようなイメージ。 |
世界遺産「ブルージュ歴史地区」の中心、マルクト広場にある鐘楼(時を告げる鐘を吊るす建物)。「ベルギーとフランスの鐘楼群」としても世界遺産に登録されている。
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運河から鐘楼を見る。 街全体に運河がほりめぐらされていて、遊覧船での観光も盛ん。運河を通じて北海とつながっている。 |
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マルクト広場の家並み。階段状の三角のとんがり屋根は、ベルギーの伝統建築か。 |
馬車に乗ってブルージュ歴史地区を散策。解説もなくただ街中を走っただけなのでがっかり。 |
マルクト広場から教会の鐘楼を見る。 |
マルクト広場に通じる道 |
マルクト広場は、歴史的な建築物に囲まれた旧市街の中心にある。 |
マルクト広場には、木製の自転車のレンタルをやっていた。ベルギー、オランダには風力発電の塔が沢山たっていて、脱炭素、自然愛好的な環境保護の意識が強い。 |
マルクト広場に通じる道路。建物の屋根の部分には、とこへ行っても伝統的な屋根のとんがり階段ファザードがついている。 |
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Hotel Dukes Palace Bruges いいホテルでした。 |
早朝、ホテルから出て歴史地区を散歩 |
ホテルの窓からマルクト広場の塔が見え、ホテルもよかったが、気持ちの良い朝を過ごせた。窓からマルクト広場の方向を見た朝の景色もよかった。
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アントワープの聖母大聖堂(Belgium) |
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ルーベンスは、北方ルネサンス後のバロックの時代の画家で、王室やカトリック教会からの依頼の宗教的絵画がおおく、後年のルーベンスはカトリックの改革運動である対抗宗教改革の影響を受けた絵画様式の主導者となっていたようだ。(Wikipediaより) |
バロックは、カトリックの側からする反宗教改革的な要素が強いから、ルーベンスも教会の求めに応じて、ミケジャンロ的な筋肉的でドラマテックな演出の絵を描いた。十字架、磔にどうしてこんなに情熱を込められるのか。 |
『キリストの昇架』1610-11年中央パネル、左翼パネル、右翼パネルの3つの部分から構成される三連祭壇画であり、三面鏡のように開閉できるようになっている。 |
みの絵の下絵といわれている絵が、マウリッツハイス美術館にもある。 |
『聖母被昇天』1624-26年聖母マリアの霊魂がその肉体と共に天に上げられる様子を描いた宗教画。聖母マリアもイエス・キリストもそれぞれ昇天の時を迎えるが、イエスの場合は単に「昇天」とされ、聖母マリアの場合は「被昇天」とされる。これは、神やイエスの導きにより天使たちの力で聖母マリアの霊魂と肉体が天に上げられたことによるもの。聖母マリアの足元を見ると、大勢の天使たちが下から聖母マリアの腰を支えて上へ上へと押し上げている様子がよく分かる。 |
ルーベンス『キリストの降架』1611-14年 クリックで拡大 |
『キリストの降架』1611-14年磔刑によって命を落としたイエス・キリストの遺骸が8人の男女によって十字架から降ろされている場面。悲痛な表情でキリストのほうに腕を伸ばしている女性は、聖母マリアであり、彼女は青い衣装を身にまとっている。キリストのすぐ下で彼を受け止めている男性は、キリストの弟子のヨハネであり、彼は赤い衣服を身にまとっている。キリストの左足を支えているのは、マグダラのマリアであり、彼女の背後にいるのは、クロパの妻マリアである。(Wikipediaより)
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少年ネロと老犬パトラッシュの凍死の様子のオブジェだが、悲劇の物語の内容からすると違和感がある。物語りを読んでいない人か、読んでも意図的にやさしい顔の様子に造ったのかもしれない。 少年ネロは、倒木に腰掛ける木こりのミシェル老人を白墨で描いた渾身の力作で応募していた。優勝すればきっと皆に認めてもらえるようになるとコンクールに全ての望みを賭けていた。 クリスマス前日は、街で開かれている絵画コンクールの結果発表日でもあった。結果は落選だった。 翌日には、コンクールでネロの才能を認めた著名な画家が彼を引き取って養育しようとやって来た。だが、何もかもが既に手遅れだった。 大事な未来を無くしたことで自分の生にも絶望したネロは極寒の吹雪によってその命を奪われ続ける中、最期の力を振り絞って大聖堂へ向かう。 するとこの時、雲間から射した一筋の月光が祭壇画を照らし出し、ネロの念願は果たされるとともにネロは神に感謝の祈りを捧げた。かくてクリスマスを迎えた翌朝、大聖堂に飾られた憧れのルーベンスの絵の前で、愛犬を固く抱きしめたまま共に凍死している少年が発見された。(Wikipediaより) |
『フランダースの犬』の舞台『フランダースの犬』は、イギリスの作家ウィーダが19世紀に書いた児童文学。アントワープに隣接するホーボケンが舞台。15歳の少年ネロ は、正直な寝たきりの祖父ジェバン・ダース老人と忠実な老犬パトラッシュとともに暮らす。ネロは貧しいミルク運搬業で糊口をしのぎながらも、いつか画家になることを夢見ており、アントワープの聖母大聖堂の二つの祭壇画を見たいと心に望んでいた。それはアントワープはもとよりベルギーが世界に誇る17世紀の画家ルーベンスの筆によるもので、見るためには高価な観覧料を必要とするため、貧乏人のネロには叶わぬものであった。 |
photo by miura 20124.10 |