ミーソン・ホイアン・フエ |
|
ヒンドゥーのシバァ神の象徴リンガだとも、よくわからない。 |
ミーソン遺跡ミーソン遺跡は、ホイアンから約40kmほど内陸に入った四方を山に囲まれた盆地にある。4世紀から13世紀までの間の王が宗教建造物の建設を行っていたとされる遺跡である。 |
遺跡内にある劇場で民族舞踊のようなショーが行われている。 |
身体の細かな動きが素晴らしく、大きな拍手が起きた。 |
遺跡の破壊状態がひどく、まとまった形のものは少ない。 ヒンドゥー教のヨーニ(女性器の象徴) |
ベトナム戦争時破壊が多いといわれる。 遺跡の復元が進められているとのことだが、なかなか進まないようだ。 ベトナムは、カトリック、儒教・道教の影響が混ざり合った多様な宗教だが、日本と同様に宗教色は薄いようだ。現地ガイドさんの話では、60%程度が仏教色だそうだ。 |
こんなバイク牽引車に乗って豪雨の中を昼食のレストランに向かった。 レストランは風流ですばらしかった。 |
昼食のレストランに向かうのに、豪雨の中、左の写真のようなサバイクの牽引車に乗る。道路は陥没していた。 張り合って爺さんバイク雨模様
|
街並みは残され、ベトナム戦争時代に破壊されることはなかったようだ。 |
古い町並みのホイアンダナン近郊南方30キロにある世界遺産に登録された歴史的な港町。ランタンが灯る美しい旧市街。15世紀から19世紀にかけて東南アジア屈指の貿易港として栄えた。中国人街を中心に古い建築が残り、1999年(平成11年)に「ホイアンの古い町並み」としてユネスコの世界文化遺産に登録されている。 |
日本橋(来遠橋:らいえんばし) |
江戸時代に鎖国政策が始まる前に、多くの日本人がホイアンに移住していた。このあたりに日本人が多く住んでいたために日本橋と呼ばれたらしい。 |
夜の日本橋(来遠橋) |
黄色の強いベージュの壁が、風雨に朽ちた様子がとても味があってよかった。 |
|
雨上がりにけぶるランタンの灯りが幻想的だった。ランタン祭りが人気のようだが、なぜランタンなのか不明。祭りと関係なく、多くのお店でランタンを飾っていて、夜には映えて独特の郷愁的な雰囲気を醸していた。 ホイアンはランタン明かりのなつかしさ
|
|
ダナンからランコーまで列車移動ダナンからランコー方面に向かう列車、ランコーで下車。1日2〜3便程度のらしくて観光列車のような雰囲気だった。
|
|
ベトナムのドサ廻り演歌歌手か。日本でもかって、バスガイドさんが歌を歌うのは常識だったはずなのだが、今は少ないようだ。。 |
売店では、飲料・スナック・オモチャ・お土産など、なんでもあった。 コーラを飲みながら、ベトナムの演歌を楽しんだ。日本でも観光列車でやったらどうだろう。 |
低いホームを荷物を担いで走る人、線路上を走る人。懐かしいような。 |
|
ランコーで下車 |
バスでちょっと走ったところの休憩所でベトナムロコーヒーを頼んだ。いろいろな飲み方があるようだが、ここでは暖かいコーヒーを飲めるようにカップをろうそくを灯して暖めている。この店だけの飲み方かもしれないが、濃厚で甘く、おいしかった。 |
王宮に入る最初の門、雨に煙った古色がよい味を出していた。 |
古都フエフエはベトナム中部にある。「フエの建造物群」としてフエは1993年に世界遺産に登録された。ベトナム初の世界遺産。グエン朝の政治・文化の中心地として栄え、中国・ベトナム・ヨーロッパの建築様式が融合したユニークな歴史的建造物群が評価された。
|
グエン朝王宮の南に位置する正門の午門 |
こんな寺院とも楼とも門ともいえないような建物があっちこっちにある。建物全体に手の込んだレリーフがは彫り込まれている。 |
中国風の建物が多い中、西洋風の豪華な建物もあった。 |
フエの観光にはこんな人力三輪車(シクロという)でのんびり走るのが似合っている。残念ながら言葉がわからない。 |
ドンバ市場の裏道 |
フエの大衆的なドンバ市場食料品から衣料、日用品、貴金属なんでもある日常・大衆的なドンバ市場。見て回るだけでも楽しい。 |
雨の田園風景。農道沿いにヤシの木が植えられている。 晴れていれば素晴らして田園風景なのだが残念。 ヤシの木やバナナ畑に囲まれた墓地 |
田園風景は、稲作文化の日本と同じような感じ。木々はヤシの木やバナナが多いのが印象的だった。
|
![]() 田園風景の絵 ベトナムは稲作が盛んで、輸出にも力をいれているようだ。 |
![]() ホテルのレストランにあったベトナムの田園風景の絵。四季ごとに4枚あった。米作への深い愛が感じられる。 |
| photo by miura 20125.12 | |