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ホーチミン
ホイアン
ハロン湾

ホーチミン(旧サイゴン)



ベトナム航空の飛行機、垂直尾翼は蓮の花

いつかベトナムを見てみたいという思いがようやくかなった。2025年12月のこと。
8時56分始発電車、横浜からワイキャット5時30分発、成田へ。真っ暗な中、始発電車は辛い。成田はまだ店も空いていない。ラウンジに入ろうとしてもオープンに10分待ち。
9時30分発のベトナム航空でホーチミンへ、6時間25分のフライト。ベトナム航空の飛行機が珍しいので写真を撮った。ボーイング787か。尾翼の模様はベトナムの国花?蓮の花。水辺に咲く蓮の花のイメージか。

 


ベトナムの国花の蓮

ホーチミンの中心部を通るグエンフエ通りのホーチミン人民委員会庁舎の前にある噴水と蓮の花。
ベトナムの国花は「蓮」。公園やレストランなどいたるところで蓮の花が咲いている。
ベトナムには54の民族があり、人々はその多文化の中で生活しているといわれる。特定の宗教はないが、生活の中に大乗仏教的な文化が根付いているいわれている。
「中国系の儒教思想の仏教である。道教などとも混交しており、日本のように宗派には基本的に分かれていない混然とした形態である。あえてその特徴を挙げれば、宋代以降の中国仏教と同じく、禅宗(臨済宗)と浄土教の色彩が濃い、「浄土禅」的性格が比較的強い。」Wikipediaより

 


Buu Dien(ブーディエン)はベトナム語で郵便局


中央郵便局、ホーチミン市にあるフランス統治時代のコロニアル建築が美しい。

 


ホーチミン人民委員会庁舎
1902年から1908年にかけて、当時のサイゴン市庁舎として使われていた。1975年以降、ホーチミン人民委員会庁舎と呼ばれる。建物の前に右手をあげて立つ像は国父ホーチミン。
優雅なコロニアル建築として観光客に人気があるという。
1887年から1954年にかけてフランス領インドシナだった。

ホーチミンの中心部を通るグエンフエ通りに面したホーチミン人民委員会庁舎。フランス統治時代の1908年に、駐在するフランス人のため建造された。
庁舎前の広場には「建国の父」と呼ばれる革命家ホー・チ・ミンの像がある。
ベトナムはかってフランス領インドシナ、1887年から1954年にかけての東南アジアに存在したフランスの植民地だった。そこにはラオス・カンボジア地域も含まれいていた。日本では仏印の略称が使われていた。日本が敗戦するまでフランスと日本軍の二重支配の時期もあった。
1950年に朝鮮戦争が勃発すると、ソビエト連邦と中華人民共和国はベトミン軍に対する軍事援助を活発化させ、増強されたベトミン軍は1954年フランス軍を撃破したが、ベトナムは南北に分かれることになり、。アメリカ合衆国の傀儡となった南ベトナムでは、南ベトナム解放民族戦線によるベトナム戦争が勃発、アメリカ軍が撤退しサイゴン陥落まで激しい内戦が続くことになった。
1975年4月30日に北ベトナム軍が南ベトナムの首都サイゴン(現在のホーチミン市)を陥落させ、南北ベトナムの統一がなされた。

 


夕食でのショー。民族舞踊か、背景の写真は京都・嵐山?

「市民劇場」は、フランス人建築家ウジェーヌ・フェレにより1897年に建築された。「ホーチミン市民劇場」、以前は「サイゴン・オペラハウス」と呼ばれていた。

 


ベトナムの三角帽子は「ノンラー」という。観光客用にいろいろなデザイン絵が施されている。地元ではヤシやラタニアの葉で縫い合わせたままで使われるのが一般的。ベトナムの象徴的な存在で、農作業者はほとんどこのノンラーを被っている。

メコン川中州ミトー


メコン川の中州のタイソン島・ミトーへ。タイソン島は、かってはベトコン・南ベトナム解放民族戦線の隠れ家で、米軍も近寄れなかったとか。 今は、様々なフルーツが育てられ、観光客を迎えている。

田中雨三角傘の懐かしさ
郷愁は雨中田の中△傘


ジャックフルーツやパラミツはドリアンと紛らわしい。食べ方も難しいらしい。独特の甘い香りと柿・パイン・アボカドを合わせたような濃厚な味わいがある。

ココナッツの実

ココナツ椰子の実
グァバ、パパイヤ、マンゴー、パイナップル、ドラゴンフルーツ、パッションフルーツなど。バナナが甘くておいしかった。スイカはあまり味がない。
ココナッツを加工したキャンディをお土産に買った。あまり甘くはないがココナッツに自然の味わいがありあとを引いた。

水路の水の色がなんとも言えない。ゴミも混じっている。せっかくのベトナムらしい素晴らしい景観なのに残念。まだまだ開発途上国だ。


漕ぎボートで水路をゆったりと進む。メコン川の支流で、水性のニッパヤシが茶色の水路の両端に生えている。メコン川の水性ヤシに囲まれた田園の雰囲気を楽しめた。
小舟から降りる時、後ろで舵をとっていたお婆さんがどうやらチップを要求しているらしいことがわかった。同乗している人と相談して、拒否することも出来たが、日本人としてけち臭いのもいかがなものかと案じ、相場もわからないので10万ドン札を渡した。日本円で5〜600円程度だろうか。

 


帰宅を急ぐバイクの群れ

ホーチミンシのバイクの多さには目を見張った。都市部は車も多いがバイクはその10倍くらいは多い。二人乗りは当たり前、3人乗りも結構見た。
子ともを学校に通わせるために乗せ、自分と奥さんは職場に向かう。ベトナムの学校は7時30分始まりださうだ。学校向かう途中で屋台の朝食屋でうどんのようなものを頬張る。とんでもない混みようだ。ベトナムでは朝食は原則、外食らしい。

サイゴンは元気バイクの頼もしさ

 


雨の中でもベトナムの朝食は外食か。

麺は「フォー」というらしい。米粉から作られたキシメンのような平麺に、牛または鶏ダシのスープと香辛料をかけて食べる。おいしそうだ。
朝、宿泊のホテルの前の道路な面して朝食屋が店を開いていた。雨の中、老若男女、小さい子供も混じって、おいしそうにフォーをすすっていた。
ホテルでフォーを試してみたが、やはり名古屋のキシメンのようだった。キシメンは小麦だが、のど越しは違いがわからない。

 

   
photo by miura 20125.12
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