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俳句徒然日記2025年
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1月3日
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宮崎へ2泊3日の旅行
へいすけの4名、かなの2名、総勢8名。
何のお祝いか忘れてしまった。招待されるのかと思いきや、旅行費用はすべて割り勘でした。
みんなで楽しく、いい旅行でした。何しろ泊まった宿の部屋の広さが素晴らしかった。孫たちははしゃぎまくっていた。私はただにこやかに呆けていた。
初めての家族旅行はいいものだ
75年そんな日もあるお正月
動物園そぞろ歩きの三世の契り
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| 1月9日 |
右目の斜視手術後
右目の斜視を手術して治したら、歪みは治るのだろうか。右目では未だものが歪んで見える。波が縦に揺れて長体がかかって見える。左目との焦点が合うとだいぶ補正されるようだ。
冬の日や仕事がなくなって寂しい
冬の日に今日も黙ってウォーキング
冬の日や目見えて嬉しいモンキー125
目の焦点やや合って嬉しい冬の夕べ
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1月10日
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朝の光のその中で
冬の朝眼の細胞の動きが見える
風バイク乗ってかろやか運動公園へ
冬の日にバイクに乗りて運動公園へ
誰もいない運動公園の1人ウォーキング
方丈記独唱しながら柔軟体操
寂しさの徒然に手紙をしたためています。(陽水)
こんな文句をつぶやきながらウォーキング400m10周。その後、覚えたての方丈記・序文の独唱。ああいい気持ち。いつも出会うお婆さんに挨拶。
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1月12日

アンリ・ルソー《眠るジプシー女》1897年
この絵は、おかしさ滑稽さを漂わせながら、何か気になる。生と死と、夢と現の背中合わせの世界。 |
優しさの徒然に
優しくなければ生きる甲斐がない、だが、優しさは滅びの姿でもあろうか。
「 未だ生を知らず、いずくんや死を知らん」。これは孔子の論語に出てくる言葉らしい。
「未だ死を知らず、いずくんや生を知らん」。生も死もよく分からないということでは同じということ。
知っているけどよく知らない。知らないけど知っている。こんな言い方は、擬制っぽくていやらしいな。神でもない限り、人間は生も死もその本当の意味を知りえないのだろう。だが、それにも関わらず、死は逃れられない宿命だし、死ぬまでは生きねばならない。
1人行く野行き山行き枯野行き
夢かうつつかわからぬまま生きている
夢か現実か境があいまい寝覚めかな
死と隣り合わせの昼寝かな
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1月17日
最寄り駅はJR相模線・宮山駅、そこから徒歩5分ほど。
シンプルな単線のJR相模線が面白くて。 |
寒川神社詣で
冬の朝稚児二人づれの若者優先す
爺婆も猫も杓子も恵方饅頭
A棟のKさん、よくしゃべるMさん、みんな楽しく初詣。

寒川神社のねぶたの山車のような中門の飾り。確かに、びっくりした。なんかすごい。
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1月18日
蕪村・応挙の余興的共作、その模写。
「じじばばも猫もしゃくしもおどりかな」(蕪村)
蕪村には失礼な絵になってしまったかな。申し訳ない。特に、書の基本が出来ていない。
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冬の運動公園にて
枯れ芝生に俺の影踏ウオーキング
おばあさん半周我一周
ソーシャルビジネスを育てる。横浜の企業支援ますます千田友香さんはいう。
社会的課題に気づいた人が専門性のある人や立場の違う人と対話し、解決に向けた人を整える、そんな出会いの場にしたい。こういう活動に期待したい。
AIを利用したシステムの開発、事前学習により知識や情報を持ったAI利用による事業プランへの積極的参加。AI事業に関わる事業の社内開発体制の整備を急ぐこと。
<ひなの肌の描き方覚え>
・肌色の影の部分の表現に細心の注意を。
・透明感を出すために青色をちょっと混ぜる。難しい。
・黄色人種なので、黄色系茶色系を少し入れる。
・影の部分にローズマリーの黒の他、赤を加えてみる。
・盛り塗りは無理。
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1月21日
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今日は朝から曇り空
アメリカではトランプ2が始まろうとしている。リベラルな指向が否定され、ナショナリズムとポピュリズムが幅を利かせることになりそうだ。この時代になんという悲しさ。
リベラルな考え方の否定、地球温暖化などの環境政策の転換、アメリカファーストによる移民と多様性の否定、カナダ、グリーンランド、パナマ等への不用意な発言、「脅し外交」というらしい。経済優先、偉大なアメリカ優先など、アメリカ国内での分断と格差はいっそう進むことになるだろう。トランプは、ただ自分が偉くなりたい、偉大になりたい、名誉名声を得たい、自分の犯した犯罪を無しにしたい、と言うようなことしか考えてないように見える。
自分優先、自分の経済的、利益優先、平気で嘘を言う、ほとんど虚偽による詐欺と当然、こういうのは人間としていかがなみのか。アメリカ人は何も考えてないのか。民主主義と文化の破壊、価値観なし、思想なし。こんなトランプをなぜ支持するのか。いくらインフレを抑えられず、さらなる経済的停滞にアメリカの先行きは暗い。
ポピュリズムとナショナリズムのトランプ主義は、堕落したリベラルへの対抗として生まれてきた。ある意味、リベラルにはトランプを招いてしまった責任がある。トランプをどう超えるのか。
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1月23日

ゴッホ「馬鈴薯を食べる人たち」 1885年
ゴッホは、社会的な弱者や不遇の人々に対する思い入れが深く、農夫や炭鉱夫をたくさん描いた。不遇の娼婦と結婚し子供2人も引き取ろうとしていた。家族親族の大反対で断念した。
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幸せになることに罪悪感を感じる
人間は相手と向かい合った時、自分の右目は相手の顔の右半分を見、左目は相手の顔の右半分を見る。相手の右目は自分の左目で見、相手の左目は自分の右目で見る、ということが体験:的にわかった。
私の右目は左目で見たものより、ちょっと下に下がって見える。そうすると、相手の顔の右目と左目のバランスがおかしくなって、左目が落ちて、左右の目がアンバランスに見えて、笑ってしまうこともある。この症状は6月までに治るのだろうか。それとも再手術か。なるようにしかならないか。
「幸せになることに罪悪感を感じる」というようことを、太宰やカフカが言っている。弱虫は自分の幸せさえ恐れるものらしい。
彼らの思いとは、ちょっと違うが、世界に戦禍や貧困、差別と疾病の不幸に泣いている人がたくさんいるのに、自分が幸せになることなど出来ない、と暗く沈んでいる自分を感じる私はやはりどこかおかしいのだろうか。
度を越した他者配慮的・愛他的傾向は、あのゴッホも強かったようだ。ゴッホは他者への配慮ややさしさが深かったが、思い込みも度を越していた。愛する女性に、その愛を断られてもストーカーまがいのことをしていたらしい。
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1月28日
第二東名の工事中の橋。バランスドアーチ橋という。新秦野IC〜新御殿場IC間にかかっている。 |
丹沢湖へ久しぶりのドライブ
ドライブに出たのは、右目の手術後の調子を見るためと車のバッテリー上がりを防ぐため。
調子よくドライブできたのがうれしい。左右の目のアンバランスは大分改善してきた。丹沢湖畔を散策。日差しが軟らかく、カラカラと枯れ葉踏む音が快い。のんびりとコーヒーでも入れてボーとしていたい気分。今度は、お湯とパックのコーヒーとカップを持って来よう。
冬の日に想い湧き出る遠出かな
人生がこんなふうに過ぎて幸せか
朽ちかけてなお生きている老桜
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1月29日
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下書きは空っぽの空によく似合う
冬夕べ三浦少年徘徊す
トラトストラは、賢者を落としめ貧者の徳を諭す。トラトストラは権威あるものの虚偽を暴き否定する言説が快いが、だからどうなのかよくわからない。
そういえば、思い出した、高校に入ってメガネをしてから世の中が変わって見えて気落 ちしたことを。野球部の球拾い、石拾い、グランド整備も止めてしまったこと。そんなこともあった。何を考えていたのだろう。何も考えていなかった。なぜかトランペットを買ってもらって練習していた。高校時代はカラッポだったような。
青春は空っぽの下書きかな
トラトストラ価値否定の悲しさに
人の世の悲しさ虚しさトラトストラ
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1月31日
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外は寒く本を読んでは居眠る
我が家内炊事洗濯掃除を喜べり
しかして亭主はゴロリ昼寝てぐうたりる
亭主は昼寝て呆けてぐうたりる
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2月4日
小鳥より観察人が多い泉の森 |
大和市の泉の森公園にて
モンキーを駆って泉の森公園へ。
小鳥より観察人が多い泉の森
絵の教室に出なくなった人。LINEにノー返事、死んだかもしれないNさん。それはいくらなんでも。そんなとんでものK先生。
月天頂冬枯れの街を歩きけり
バイクのマルタ越えは座った姿勢では後ろに引く感じ。
立った姿勢では膝を曲げて後ろに伸ばす。またはリアタイヤは抜重する感じで。
絶賛ケーキらしい。
ローソンのフォンダンショコラシュウ
ミニストップのベルギーチョコ
ファミリーマートのチョコシュウ
ファミマの濃厚ショコラロール
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2月9日

雪舟『秋冬山水図』(冬景図)(東京国立博物館)Wikiより
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色即是空日本的霊性
AIは、俳句も短歌も作れるし、小説でさえ書いてしまう。人間が普通にできる事は、AIは難なくやってしまう。俳句で芭蕉の句を20句くらい学習させて蕉風の作句ができるか試してみた。できた。立派なものだが、評価はよくわからない。俳句ってそんなものなのか。
創造性、普通の人間が創造することができるなら、AIも普通にそれに近いことができる。普通以上のことができるかどうか。出来そう。
絵画は、西欧においては壁掛け、壁を飾るものに近い。東洋においても、床の間に飾られたり、さんの上の壁に飾られたりする。壁掛けのものと言うよりは、日本的霊性が深く感じられるものでなくてはならない。水墨画は、仙人の住む桃源郷や、雲や霧の中、人里から離れたとても人が住めないような幽玄な山が描かれる。人はその画を見ていろいろな想像を膨らませて楽しむ。東洋的な隠遁隠棲の世界に遊ぶ。水墨画は深い。
絵画が、西洋では壁掛けだとしても、印象派の絵はどれも印象的で素晴らしい。生活、労働、余暇を楽しむ印象派。水墨画はもともと東洋の印象派のようなものか。
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| 2月10日 |
我が才能の乏しきを嘆く
俳句を作りては月並み、絵を描いてヘボ素人、音楽は耳悪いし、本を読んでも読解力なし、身に付かない。ジョギングは膝を壊してウオーキングに、山登りは限界近し。バイクの技術も覚束なし。
藝術に憧れがあるも才能なし、散文も表現は好きだが特段の才能はなし。いまだ「捨てる」という生き方ができない。現世ご利益に未練が残る。悲しいかな老齢にも拘わらず金銭欲、物欲だけはいまだ拭えず。
不祥の阿弥陀仏両三べん申して止みぬ。(方丈記)
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2月13日
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ホンダドリーム横浜旭店へ
何を思ったか、XL750トライザンプ購入契約。
ボケ防止か日本放浪の旅に出たいがためか。いや、体力・視力・筋力の確認のためか。残り少ない人生、またしても青春の暮れ残りのXL750か。
我が心慰めかねつトランザンプ
自由と共同体の市民から企業商品の消費者へ、勤倹貯蓄から投資家への変貌。資本主義の行きつくところか。
株主の圧力を受け、コスト削減、賃金抑制に動き、労組は資本に丸め込まれ賃金を上げられずに衰退する一方。
現代の資本主義は市民社会を破壊するのか。
「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間がかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう」(マックス・ウェーバー)
目指すものは精神のない享楽か
トランプやこの悲しき無なるもの
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2月15日
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足腰の脆弱に抗して
スクワットは、膝ではなく足裏全体に意識を持っていく。そうすると膝への負担が軽減する。なるほど、確かに、でも。
夕暮れに影を慕いてウォーキング
夕暮れや我に力をウォークング
今日もまた、「求めよ、さらば与えられん」。この前向きな積極性が、私に行動を促す。だが、方向性の見えない行動とは何だろう。
多様性は認めるが、価値相対主義はないのでは?では資本主義と共産主義ではどうか。それぞれ良いところも悪いところもある。良いとこどりすれば。宗教の多様性は認めるが、イスラムの女性差別は許せない。それでも西洋中心的な文化社会論には腹が立つ。
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2月18日
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76点夫婦揃ってへぼボーリング
日本人はやはり仏教文化が根付いているのかもしれない。
仏陀が言ったとか言われる5箇条、
(1 人を殺してはならない。
(2 人のものを奪ってはならない。
(3 嘘を言ってはいけない。
(4 淫蕩は慎むべし。
(5 飲酒も控えるべし。
これは仏教的倫理だが、人間の生き方の指針として良い線いっているように思う。ブッダは紀元前から、フェイクを流してはならない、騙してはいけないと諭している。トランプのように、暴言、虚言、妄言、フェイクを垂れ流すのも自由ではあるが、それは人の道に反する。人の道に反する行いをする人は地獄に落ちる、ということになっている。福音派がトランプを支持しているようだが、キリスト教的倫理ではどうなのだろうか。トランプはプロテスタントの職業倫理から大きく外れていることは間違いない。
大寒波佐渡は寝たかや雪の中
お金が嫌いお金は好き春の宵
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2月21日
孫のひなの絵
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人物画修行
孫のひなの幼いときのコップを持っている絵を描いているがうまくいかない。人物画の描き方を研究せねば。
顔の構成の各部位の比率をよく測ること、顔の輪郭線を注意深く描く、肌の色はどうあるべきか。全体の表情の表現は狙い通りか。
(1カップを作業に広げる ok
(2 Tシャツとカップに絵を書く。
顔が面長になっている。ok
鼻が長いので縮めて全体に上に上げる。ok
(7左手の指をもう少し長くするok
(6肌色をもっときれいにx
(3バックのブルーはいかがなものかok
(4後のテーブルはもっと明るくても良いのでは?ok
(5 Tシャツはもっと白くする。ok
@顔と手に陰影をつける。立体感を出す。
A影は黄色系を多くする。
花をもっとリアルに
水曜日の午後Tさん、土曜日の午後Iさん、女性1人の絵画教室。
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2月23日
ゴッホ「ジャポネズリー:梅の開花」1887年
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人物画、肖像画と言われるもの
絵画は何を表現するのか。絵画において、対象をリアルに再現するのか、理想化して表現するのか。対象の特徴的な部分を取り出し、強調して表現するのか、特徴的な部分は残しながらも、理想化して表現するのか。
浮世絵における表現は、リアルと理想化と特徴の顕在化、リアルと理想化の様々な形態の多様な表現だといわれる。
大胆な構図、色彩豊かな動きのある人物表現。緻密で手練れた線画。面白おかしく、楽しく戯画化の浮世絵。
三次元の現実を、二次元の絵の世界の中で三次元的にいっそうリアルに描く、こういう写実、再現はどうなのだろうか。絵画としては魅力に乏しい。つまらない。
三次元の現実をいっそうリアルに描くことで精神性を表現する。
顔の表情の再現ではなく、心の内に秘めた感情、精神、意志を抽出し表現する。リアルを徹底することで。
現代の絵画は自由である。幸福感、憂鬱、不安、憂い、揺れる思い、複雑な人間感情、優しさ、悲しさ、現代的感性、魅力的なもの、正しさ、醜悪さ、止められない欲望、平常に潜む狂気、何を描いても自由。
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2月24日
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「方丈記」に挑戦中
鴨長明方丈記、その序は暗誦済み、「むすび」は3割方暗唱。
方丈記の「むすび」の部分に挑戦中だが、苦戦。記憶力と緊張感に欠ける。致し方なしか。
「住まいも人も無常争うさま朝顔の露に異ならず」
人の世のはかなさ、無常感が強い。こういうものに惹かれるのは老いたからか。
方丈記は、序文と最後のむすびの部分の叙述がぐっときて引き付けられてしまうが、本文は事実関係?の記述が中心でつまらない。
方丈記の無常感から来る「執着を捨てる」「物欲を捨てる」生き方は、しみじみとした終活感が味わえる。だが、「捨てる」生き方は、実際には現世への執着、未練が後ろ髪を引っ張るので凡人には難しい。
孫のひなの幼少期の絵を描いている。9割方出来たがなかなか納得できない。 でも風景画より人物画のほうが面白い。細かな表現にもっと気をつけるべし。
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2月25日
宮ケ瀬湖の鳥井原園地より |
久しぶりにモンキーでドライブ
1人来て1人楽しむ宮ヶ瀬湖
こんなふうに流れゆく人生眺めおり
宮ケ瀬の枯野に埋もれて昼のにぎり
私は何者なのか。何がしたいのか。
俳句、絵画、バイク、ウォーキング、読書、山歩き、だが、まだ何かが足りない、といっている。何がかけているのか。現世への未練か。
音楽も楽しんでみたいな。トランペットも練習したい。
「用なき楽しみを述べて、あたら時をすぐさん」(方丈記)とは。
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2月27日
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正しく反抗し、正しく戦う
そういえば昔カミューの反抗的人間とサルトルの革命的人間と言う議論があった。
カミューは、目的は手段を正当化すると言う考えに反対した。サルトルは目的が正しいなら過酷な手段であっても、場合によっては採用すべきだと言う考えに立っていたと思う。
若い私は無条件にサルトルの考えを指示していた。その後の人生では、正義のためとは言え、手段が正義に反するようなら、そんな手段は採用すべきではないと言う考えに揺れた。だが、近年のプーチン、トランプや習近平、金正恩、こういう連中がやりたい放題、強権をきかせてくると、やはり多少強引な方法であっても何とかせねばと言う思いを強くする。
正しく反抗する、正しく戦うとはどういうことか。
カミューさん、ウクライナやガザはどう反抗すればよいでしょうか。
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3月1日
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モンキーで城ケ島へ
三浦半島1周のツーリングに出発、9時50分。11時20分横須賀三笠公園着。城ヶ島で海鮮丼の昼食にしようと思ったところ、どの食堂も並んでいて混みすぎでキャンセル。コンビニ・あんぱんで我慢。疲れた、でも楽しかった。16時30分帰宅。
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3月2日、
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アメリカは終わってしまったのか
2月28日のトランプとゼレンスキー大統領との会談が決裂したらしい。ウクライナの鉱物資源 の権利をよこせとトランプは言う。権利を半分渡してもいいが、引き換えにウクライナの安全を保証してくれとセレンスキーは言う。トランプは鉱物資源の権利をアメリカが持つことが補償になるんだと言う。ゼレンスキーは保証を確約するため、ウクライナのNATOへの壁を認めてほしいと言う。トランプはそれを無視する。
アメリカの第一主義の姿勢に対してウクライナは自由と民主主義の国際秩序の確立を優先すべきだと主張する。立場の違いが鮮明になる。
ウクライナは血を流して侵略者ロシアと戦っている。アメリカはそれを題材にして自国第一主義の商取引をしようとしている。
トランプのこの姿勢はどこから来るのだろう。アメリカ国民はこの程度のレベルなのか。こういう人間を指導者にするのか。アメリカは終わってしまったのか。
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3月3日
「小佐渡の秋」の絵 |
なぜ描くのか
絵画の要諦?
@観察力、A想像力と発想力、B表現力、C感受性、D問題解決能力、E自己理解、F自己表現。
写実を抑えながら、表現したいものの特徴を抽出して、象徴的に描画する。
孫のひなの絵が、ようやく出来上がった。まだまだ表現力がたりない。それにしても人物画は難しい。
平行して「小佐渡の秋」を描き上げた。絵は下手だが雰囲気は出ていると思う。この絵は好きだ。
春の日やついに三世の契りかな
(蕪村のもじり)
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3月6日
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ミネルヴァのフクロウも見えず春夕べ
6時47分または7時3分二俣川発に乗る。どこかの駅でおにぎり2個+飲み物を買うこと。
秦野駅8時8時25分ヤビツ行きのバスに乗る。吉留さんと一緒。
13日木曜日に塔ノ岳に行こうかな。
持ち物
@湯沸かしセット、A 1リットルの水、Bカップヌードルとおにぎり、C行動食、Dヘッドランプ4月1日からの絵画展示会、ポストカード大のサンプルの絵を10点ほど用意する。2点の展示作品を準備する。額縁に注意。
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3月13日
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3月13日なぜか梅満開日和かな
紅白の梅満開の日和かな
ふた山越えて梅満開の里に出づ
今年二回目の梅見かな
おにぎりに梅満開の至福かな
梅見には梅ちゅうハイにおはぎかな
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3月17日
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AIはニュウロンに似たるかな?
田口義弘氏は、ニューラルネットワークの起源はニューロンにあるにしても、その動作原理は全く別物だと言う。脳と生成AIは同じく世界のシミュレーターであるが、世界を全く
異なったように解釈していると言う。
人類が、人工知能を実現できないのは、知能の発現機構を理解していないからで、実際その機能はわからないままのようだ。イーロン・マスクは、人間の脳の記憶を拡張する外部記憶装置を開発するのだという。そら恐ろしい。
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3月21日金曜日
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大池公園に独り花見に行く
桜はまだ全く咲いていなかった。薄赤い蕾がいくつかの木で見ることができた。桜は来週になるだろう。
今年三度目の梅見かな
白梅に紅梅まじる日和かな
一つ枝に紅白混じる不思議かな
すごいと思ってこの写真をみんなに見せたが、「そんなの珍しくもないわよ」とにべもなく。
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3月22日土曜日

XL750の受取日
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XL750トランザルプ納入
22日土曜日10時半にバイクを受け取りに行く。山を越え歩いて50分、ホンダドリーム横浜旭店へ。
任意保険の契約と、XL750のオプション確認で、半日かかってしまった。サイドパニアを頼んでいたはずなのに、注文書から抜けていた。プロらしくない。オプション費用が高すぎる。しばらく乗ってから考えよう。
以前に、BMW店に行ってみた。お金のない老人の冷やかしのように見えたのかも。店員の態度が気にくわなかったのでBMWはやめた。お金と重量に耐えるだけの体力に自信がないせいもあるが。だから国産に決めた。
スズキのV-Strom800かヤマハのTenere700か。スズキもヤマハも扱える店が遠い。結局、HondaのXL750に。
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3月23日日曜日
第二東名の橋がようや繋がった。
XL750トランザルプ |
XL750初ドライブ
23日に早速試運転。昔の10年前の感覚を取り戻すべく、丹沢湖に来た。
昔はBMW R 1200GSに乗っていた。今度のホンダのXL 750トランザルプと比べてみた。やはり老人にはGSのマイルドさが合っているようだ。アクセルをひねってもすぐには反応しない。トロトロとパワーが湧いてくる感じ。この感触は反射神経の弱っている老人には向いている。
それに比べてXL 750 =ちょっとアクセルをひねるだけで、ビューンと5000回転位まで羽上がってしまって、敏感すぎる感じがする。エンジンは高回転型。若い人にはこの方がレスポンスが良くて良いのだろうが、老人にはちと反応が敏感過ぎ早すぎる。
それと何よりもモンキー125に比べて重い。ちょっと寝かせただけで、おっとっと、支えるのが精一杯。こんな状態で大丈夫かしら。
丹沢湖にて
89のおじいさんとコミュ。昔ハーレーに乗っていたらしい。塔ノ岳も何十回も、一の倉沢も何度も挑戦したという。そういう老人の自慢話も面白い。でも本当かしら。
65と75の体力差を思い知らされ
75歳傾くバイクを必死に支え
東名高速30分でもう休憩
見渡せば老人バイカーばかりかな
75歳おくのほそ道もう一度?
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3月24日月曜日
ボッチチェリ「春」の3美神 |
美・純潔・愛の三美神
「三美神」はギリシャ神話とローマ神話に登場する。
ギリシャ神話では、それぞれ魅力(charm)、美貌(beauty)、創造力(creativity)を司る神。
ローマ神話では、それぞれ愛(amor)、慎み(castitas)、美(pulchritude)を司る神、となるらしい。
「美 純潔 愛」の美神の説明はローマ風か。「春」の絵の右の人はビーナス(ギリシャ神話ではアフロディーテ)。
ボッチチェリのビーナスは好きだが、説明は何だかわかったようで、なんか納得できない。
それにしても
体力に視力筋力減退す
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3月25日火曜日
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けやき会のイチゴ狩り
ジジババの楽しい遠足いちご狩り
いちご狩り楽しむ年になりにけり
春深しなんといちご狩り南房総
色形よし水っぽいが甘いとちおとめ
今更ながら、俳句は難しい。
だからといっていい加減に作句するのはいかがなものか。
実生活からは遠い季語、17文字の拘束。さらに省略表現、曖昧さ、状況説明ほとんどなし。それにもかかわらず、なぜか俳句。文学性、思想性、芸術性、ま、難しい事は、俳句には難しいのかもしれない。挨拶・即興・滑稽、庶民的な遊び、習い事、多少なりとも文化的な余興、趣味性、それで良いではないか。
まぁ、ワンセンテンスポイムとして、楽しめれば良いということにしよう。
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3月28日金曜日
「ポルトガル・マルヴァオン城跡」 |
秦野の河原での桜見が中止になって
雨後の大池公園桜山で昼食す
大池桜山雨後桜独占す
老桜がんばれどせん方なし若桜
レンブラントとベラスケスの名前が出てこない。うじうじ考え抜いてようやく「夜警」のレンブラントが出てきた。私の頭にはモヤがかかっているようだ。モヤの中を手探りでいろんなところを触りながら、目的の名前にまでたどりつこうとするが、たどり着けるかどうかは不明。
戦後80年の記念行事で、石波首相はその反省の言葉を演説する予定だった。それを自民党の反対勢力がつぶしてしまったのだと言う。戦争を美化するとまでは言わないが、やむを得なかったとして肯定する考え方を持つ人もいる。その戦争で死んだ兵士に対して鎮魂の誠を捧げると言うような言い方をする人もいる。特攻や玉砕を国難に殉じたとして美化するような言い方をする人もいる。
戦争を遂行するため、若者死なせてしまった。その責任は誰にあるのか。敗戦することが明白になっているのに、なお戦争を継続しようとする意志はどこから来るのか。責任回避、自己保身、一体何のための戦争継続なのか。合理的な理由は全く見出せない。その責任は重く大きい。
石破首相は戦後80年を迎え、その敗戦の意味をしっかり総括し反省の弁を述べるべきであった。
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3月29日
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格差拡大は資本主義の必然?
朝日新聞で佐伯氏が言っている。トランプが、アメリカの民主主義と自由市場経済と社会の階層的分断を招いたのではない。民主主義の行き詰まりと社会の分断がトランプを生み、トランプがそれを顕在化させたのだと。
民主主義の疲弊、社会の分断は、資本主義が抱える病理ではないか。私有財産・自由契約・自由市場経済の資本主義は、その本質的機能により格差社会を生み社会の分断をもたらす。民主主義を支える市民が経済的に破綻しかかり、疲弊し格差で分断ていては、民主主義を支えきれない。資本主義の成功がもたらす限界が露呈しているのではないか。
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3月30日日曜日

桜山 |
今日は、秦野桜散歩のリベンジ
梅桜一期五回は見に行かん
桜並木この世のほかの思い出に
若木とは白さが違う姥桜
桜といえば、この時期、西行の歌が気になる。歌を思い出しながら花見を楽しむ。
なにとなく春になりぬと聞く日より
心にかかるみ吉野の山(山家集1062)
春ごとの花に心をなぐさめて
六十あまりの年を経にける(聞書集132)
いかで我この世のほかの思ひいでに
風をいとはで花をながめむ(山家集108)
春風の花を散らすと見る夢は
さめても胸のさわぐなりけり (山家集139)
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| 4月2日 |
スタッドレスはもうやめた
10時トヨタへ。タイヤ交換なのだが、スタッドレスはもうやめた。12か月点検。冬山もスキーもやらなくなったから、というより出来なくなったから。雪が降ったら車には乗らない。老人とはそういうものだ。あれをあきらめ、これをあきらめ、そして何も拘るものがなくなって、最後に何もなくなって死を迎えるのか。
それでも、仕事が終わってしまってから、なんとなく所在ないが、それでも何かに拘ろうとしている。
死に向かって生きているような毎日
バイクを駆って全国放浪の旅へ
日本の誰も行かないような最深部へ
バイク旅観光地巡りではつまらない
もう一度芭蕉の句の意味探し求めん
特に計画を立てずに、心にかかる場所があれば、宿でもテントでも何泊でもする。そんな旅をしたいものだ。古人の跡を追わず、求めたるところを求めよ。
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4月4日金曜日
丹沢湖の奥の駐車場からみた富士山が大きい。 |
XL750に身体を慣らす
まだ大型バイクを乗りこなす感覚が戻って来ない。モンキー125と比べると、その重さと高い位置の重心に驚く。立ちごけしないように足腰を鍛えねば。
低速でのターンの仕方、高速でのターンの仕方がまだ飲み込めない。身体の使い方を忘れてしまったのか。以前のBMW R1200GSではうまく処理できていたはずだが、XL
750ではそのコツがまだ飲み込めない。ターンの仕方のコツがまだわからない。困った。とにかく身体で研究し覚えねば。
低速でのターンは、内側にバイクを寝かせながら、体はやや外側に、やや外足荷重で回る。
中・高速でのターンの場合は、リーンウィズが基本だが、状況に応じてまずターンのきっかけを作り、体と腰を内側に移動させる。この時、やや外足に荷重すると車体は安定するようだ。外足をけるようにして内側に体重移動するのか。頭は常に道路に対して垂直を維持し、進行方向に向ける。
コーナーの直前まで深くアクセルを維持し、まず後輪のブレーキをかけ、その0.5秒後に前輪ブレーキを深くかける。前輪ブレーキを離したタイミングで、逆ハンをやや意識しながら、体と腰を内側に移動させバイクを寝かせる。
状況に応じて、バイクと体が柔軟に対応していけるように熟練すること。
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4月6日日曜日
丹沢・二の塔の近くの山火事の跡 |
バイク操作技術
片山敬済1951年生まれ、ロードレーサー、武士道、禅、カリスマ。彼のバイクの乗り方の本を再読。プロのレーサーの競走する技術と素人バイク乗りの楽しむバイクでは、根本的に技術の性格はことなるが、それでもバイクを操作する基本技術は同じようだ。確かに勉強になる。しかし、プロのレーサーと素人の趣味では必要とされる技術が雲泥の差。
山火事多発、山火事は自然の摂理か人災か。だが、人家の近くに迫るのはまずい。
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4月7日月曜日
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絵画教室
佐治さんは日本橋生まれ、相模原を経て南万騎が原に住んでいる。81歳。
おばちゃんはちょっと下町の山手駅に住んでいて、息子がフレンチをやっている。お店には、おばちゃんのパステル画の絵が所狭しと飾ってある。何枚かは売れたらしい。ラフがいろいろ変わっていて面白い。
飲み屋にて、津軽海峡冬景色と長崎は今日も雨だったの2曲を歌う。25年ぶりか。それでも気持ちよかった。
お絵描きが津軽海峡の日々を偲ぶとは
左右の目の上下のズレが目に余る
ヘボ絵画それでも歌う長崎の雨
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4月9日
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XL 750で散歩
どうも新しいバイクをうまく操れない。腕が落ちたのか老いたのか。両方だろうか。まず馴染むこと。今日はどこにでもある中津川の河原へバイクで散歩。
走り抜ける桜舞い散る246
風吹けば里山舞い飛ぶ山桜花
中津川バイク散歩で絵描きかな
やはりなあ草原がうまく描けない中津川
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4月10日

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今年最後の花見
春風の花を散らすと見る夢は覚めても胸のさくなりけり。(西行)
こんな西行の歌などを思い出しながら花見を楽しむ。こんな気分になれたのは仕事を止めたからだろうか。
今年また幾度かの散る桜
散る桜心は知らず通いぬる
散る桜山風吹けば飛ぶ桜
散る桜私の足元舞う桜
風吹けば私の心に舞う桜
風吹けば桜舞い飛ぶ白昼夢
白いもの頬を撫でて飛びにけり
蕾開花満開あれど散る桜が1番かな
桜散り我がもの顔のカラスかな
散る桜楽しむ年になりにけり
散る桜あと幾とせの花見かな
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4月12日土曜日
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XL750でまた道志道
道志道の道の駅でまんじゅうを買って食べる。味はいまいち。
土曜日だけあって、バイクが数珠つなぎ。こんな集団の中で一緒に走るのはごめんだな。バイクは一人走りに限る。また、バイクの旅は平日に限る。
残念ながら右側ターンがいまだにへたくそ。ぎこちない感じ。治っていない。きっかけをしっかりと作ること。左ターンの場合は一旦右に逆ハンを切るイメージで、体を左に加重するイメージができているのに、右ターンの場合このイメージがなかなか作りにくい。右ターンのイメージを繰り返すこと。
春風や堤長うして家遠し(蕪村)
「春風馬堤曲」、蕪村はなぜ女の子の里帰りにこだわったのだろうか。薮入りで奉公先からの帰り道といったイメージのようだ。これは自分が帰る家が見つからない、郷里への郷愁、自分の幼い頃の母への郷愁のような、イメージを重ねているように思う。朔太郎は、蕪村の句の本質はノスタルジーだと言っている。確かに、母へのノスタルジーは、人の深いところでの郷愁の思いかもしれない。
春風やうまくいかない右旋回
老人は夢とうつつの境なし
早死や私に残されたは遅死か
春風にさそわれたとて急ぐこともあるまいに
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4月16日木曜日

ポルトの路面電車 (クリックで拡大) |
憧れを見失って悲しい75歳
春の日にバイクの乗り方尋ね走る
天候不順吹かれて揺れるトランザルプ
ポルトの路面電車の絵、こだわりにこだわること。
描きたい、どうしても表現したい、と言うことに対するこだわり。路面電車の味のあるオレンジ色、電車に乗ろうとしている人たちの様々な日常的な動作、川と向こうの船と街並み。電車を待っている人、乗り込もうとしている人、それぞれの日常的な面白い動作にこだわって表現する。
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4月18日

小佐渡の夕暮れ
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17日に佐渡に来た
お袋のいるグループホームを尋ねるというのがメインの目的。母のいるグループホームは、カエル鳴く田んぼのそば。だが、お袋は、あまり聴こえていない、いくらか見えているようだが、話しができない。入れ歯を外したやせ細った顔、辛いことはないのか、悲しくて涙が。私は、お袋を独り佐渡に残し、親不孝を重ねてきたのかもしれない。
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4月20日日曜日、
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ダーウィンが来た
ナナフシ、それはもはや植物と言う小枝のような昆虫らしい。何しろその卵もほとんど木の実にしか見えない。ナナフシモドキっていう昆虫もいるらしい。ナナフシの親戚は結構たくさんいるようだが、生物の進化には不思議な方向があるようだ。
前後に身体を揺らすという変わった特性がある。これは小枝が風に揺られていることの擬態のようだ。そんなに植物が好きで、植物に擬態するくらいなら、植物になればよかったのに。実際は、昆虫として生き残りを賭けた跳躍であるようだ。
生物の進化のかたちは奥が深い。 植物があり、昆虫があるなら、その中間のような生き物がいても不思議はないか。そうすると人類という種は案外単純で均一のように見える。
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4月22日火曜日
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大倉-二俣-尾根-大倉尾根ルート
渋沢駅7時40分集合、二俣川駅6時41分発、6時25分に家を出発する。絵描き仲間のY氏と待ち合わせ。
飲み物1リットル1個、チョコレート系、せんべい系の行動食。
渋沢駅ーbus大倉ー二俣ー尾根(鍋割と大倉尾根を結ぶ尾根道)ー大倉尾根ーbus大倉ー渋沢駅のルート
大倉バス停から二俣までの道のりが長い。やがて急登が始まる。右の70肩が治らない。急な上りにはまいったが、リュックの胸のバンドを外したら、呼吸がしやすくなって元気が出た。不思議なことだ。リュックの肩紐が70肩にはよくないようだ。
尾根に出たところで昼食。帰りの大倉尾根が長い。
何を思ったか、 大倉尾根の途中からY氏が突然走り出した。止めればよいのに老人の世迷いごとか。私は心静かにゆっくりと歩く。道の先でY氏がバテていた。彼の伝では、自身の青春的体力を測ってみたかった、とのこと。
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4月25日金曜日
XL750、走りのバイクとしては申し分ないが、高価な遊び道具には違いない。世の役に立たない、趣味というのは、まっそんなものだろう。
XL750は、「トランザルプ」という名称のバイク。オンロード7割、オフロード3割程度の特性らしい。前のR1200GSもそうだったが、オフロードはほとんど走った記憶がない。
その前に乗っていたXR600は純正オフロードで、富士山の急登5号目をよく目指したものだ。 |
10年ぶりの伊豆スカイライン
久しぶりでXL750で箱根新道、伊豆スカイラインの単独ツアーへ。
ようやくXL750の制御にも慣れてきた。前のR1200GSと比べるとかなり特性が違う。
BMWの水平対抗エンジンを積んだバイクの特性は、非常に制御しやすい優れた機構であることが実感できる。特に左右のカーブで水平対抗エンジンの低重心ジャイロ効果は、安定的なカーブ走行を保証し安心感を与えてくれる。
それに比べてXL750は、自分で意識的にターン時の機体の安定性を確保する必要がある。やや外足荷重できっかけをつくり、内側への腰と身体全体の体重移動、左右の足でバイクの機体をしっかり固定する必要がある。足で抑えるのか膝でニーグリップするのかよくわからないが、ニーグリップは必須。
前ブレーキと後ブレーキの使い方、これはバイクの挙動に大きな影響を与える。その特性を体感する必要がある。
BMWの水平対向エンジンはさすがに値段が高いだけある。バイクの味を知った金持ち楽ちん老人バイクといったところか。それに比べてホンダエXL 750
は生きの良い青春バイクと言えるだろうか。それが私に合うのかどうか。乗りこなせるのかどうか、それはやってみないとわからない。
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4月27日日曜日
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表現、それにしてもSNSは、
何を表現したいのか、何を表現するのか、その表現意識の在りか。それを表現するために何が必要か。
ポストモダンは、何をどう表現しても自由だというの風潮を生み出している。真実と虚偽が、味噌と糞の区別がつかなくなっている。価値相対主義の行きつく先は、人間であることの放棄なのか。
集団に固有の「物語」の枠組み(ハラリ)
・アメリカ独立時の連邦派と地方分権派の対立。それは自分たちには関係ないことでは?
・周りを見ても、60代以下で宅配新聞をとっている人はまずいない。
・それってあなたの個人的な感想ですよね。(ひろゆき)
・SNS、発信されるニュースコンテンツは玉石混交。圧倒的に石の方が多く、石の方がフォローが多くて社会的影響力も強い。困ったものだ。
・オルタナティブファクトこれをどう考えるか。真実と虚偽、真実と体制的秩序、メインとサブ、主流と反主流。
・エビデンスがあるか、客観的で科学的な言説と、ただの主観的感想。その差がわからないのクソ味噌と言う。
・マスメディアの大勢迎合
・東京オリンピックから、第二次安倍政権
・アイデンティティーポリティクス、これは進歩か後退か。
・LGBTQ、ジェンダーの問題。選択的夫婦別姓の問題。
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4月29日火曜日
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また伊豆スカイライン、亀石へ
「知らず、生まれ出る人、いず方よ来たりていず方へか去る。また知らず、仮の宿りたがために心を悩まし、何よりか目を喜ばしむる。」、こんな言葉を口ずさみながら、何も考えずにドライブを楽しむ。これが私の夢だったのかな。
韮山や雲の富士眺めて寝入るかな
天翔ける白馬の如きかトランザルプ
若い頃のバイクは、仕事のストレス解消と言うより、現実逃避といった表現が当たっていた、ように思う。
春の日に現実逃避能天気バイク
富士はまたほとんど隠れて夏模様
仕事だからと逃げ、歳だからと言って逃げ、さよならだけが人生といって逃げる。確かに遠からずおしまいになるけど、そう言ってまた逃げるのか。
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5月11日日曜日
五月晴れ桜の木にさくらんぼひとつ
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久しぶりの10キロウォーキング
五月晴れ桜の木にさくらんぼひとつ
あれやこれや解釈よりも行動ひとつ
解釈と批評よりも解決をひとつ
ウグイスの声に励まされウォーキング
5月12日月曜日
「テクノ封建制」 (領主封建制に対応-デジタル空間の領主たち) ヤニスバルファキス著
デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。そのくせ自己保身に狂奔している。
斎藤幸平、関美和、批判的思考を奪う。アルゴリズムは、批判的にしないように最適化される。自ら選んで喜んで奴隷状態に入っている。
ヨーロッパは納税しないタックスHEAVENに逃げているGAFAM に対して戦い続けてきた。EU は公的投資を通じてプラットフォームを独自開発しようとしている。日本はどうなのか。
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5月15日木曜日
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沖縄へ
羽田空港にて
刺身つき天ぷらうなぎのジジババ定食
GAFAM、誰がどの問題に対してどういう回答をしたかといったデータ。その活用を考えること。特に記述式回答や作文等のデータは非常に利用価値が高くなる。サービスを受ける利用者を労働者に変える。それが自由主義資本主義。
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5月16日、
ひめゆりの塔
守礼の門 |
糸満市サザンビーチホテル&リゾートから出発、ひめゆりの塔、ニライカナイ橋、知念岬、国際通り、首里城公園、万座毛、マハイナのホテルへ
5月17日
美ら海水族館海水族館、古宇利大橋、古宇利島、辺戸岬、ノボテルホテル
沖縄の海風は湿度が高い。夏は暑くて湿気ていて耐えがたい。気候が良いのは、5月と10月11月、それ以外はいかがなものか、地元の人がそういう。11月が観光の季節としては1番良いそうだ。
山海を縫って走るや曲がり道
沖縄や道行けばデイゴの赤い花
建築中の首里城
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5月18日最終日
喜味城跡
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海中道路、あやはし館、浜比喜大橋、します&うるマルシェ、座喜味城跡、残波岬、お菓子御殿、ホテルへ。
沖縄那覇、なんでしょうね。
無精髭をはやし、イカれたサングラスをかけTシャツに短パンの若者たち。?スずらのおばさん。南方系の遊び人の風情は、堕落した末人のように見える。男はなんといっても北の旅人がよい。
沖縄に遊びに来ているらしい男も女も、アホズラが多いと感じるのは私だけか。そういえば、我が娘も沖縄旅行が好きなようだ。
「戦争と無関心のグローバル化に反対する。兄弟愛と社会的友愛を世界教育構築の実主とする」。ローマカトリックの教皇の話。技術資本主義、歴史的感覚も喪失が進み、ますます解体されていく。ある種の脱構築は、文化に深く浸透している。制限のない消費欲と中身のない種々の形態の個人主義の増幅。
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5月20日火曜日
帯には「何のための、誰のための、デジタルなのか?」
ホモサピエンスの対局は地面(現実世界)と桜(富裕層が享受するデジタル空間)
共同主観的現実(これはハリスの言葉)
自然秩序、方向と意味
桜の本能、攻撃本能と攻撃欲動
ニーチェ超人思想の曲解、超人意識
ズレの意識、恣意的、最適、強制的構造、言語構造
マインドセット(デジタル社会の無意識の思考パターン)
彼は、プログラミング学習を推奨し、IT大手会社に対抗し、中央集権的でない、科学技術の文脈を注意深く観察し、歴史や社会とのつながりで捉えて、人間の手に取り戻し、よりよい社会を実現していくことを目指す。
市場経済や植民地時代の管理手法のまやかしを退け、「コミュニティ」や「相互扶助」を取り戻すこと、これが彼の結論か。 |
リベラルな国際秩序の破壊
バンス副大統領とそのブレーンのパトリックデニーン教授の説
戦後秩序を支えたリベラリズムの根源的な欠陥を論じる。
・個人の自由と選択を重視する。福音派や白人労働者の問題は飾り程度か。自由主義者ならそんなことに配慮するはずがない。
・リベラリズムは成功しすぎたために失敗した。これはじじつかも。
・ リベラリズムが成り立つには共同体の基盤が必要だが、成功するにつれ、人々は共同体への帰属意識や義務の感覚を失った。ポリティカルアイディンティティか。
・腐敗したリベラルな支配階級を平和的に転覆し、ポストリベラルの秩序創造する必要がある。
・彼らは、どうやら、白人労働者没落の現状、自国優先のナショナリズムが主張の主眼のようだ。
・アメリカはデンマーク自治領のグリーンランドとパナマ、カナダへの領有を主張する。アメリカの勢力圏と言う発想がある。だからロシアの主張する勢力圏ウクライナも自分のものにしたいと言う欲望に理解を示す。
・彼が主張するポストリベラリズムは、帝国による世界の分割と再編成の始まりか。
『デジタル生存競争』ダグラス・ラシュコフ
彼の批評は非常に気になる。よくわからない表現も多い。
技術革新は単なる修正や改良の蓄積ではない。2倍3倍の変化ではなく、20倍30倍200倍300倍の画期的な変化である。デジタル革命。すべてのアナログ情報デジタル化し、アルゴリズムの管理感にす。デジタル化されたものは、新しい商品価値を生む。
・人間の意識、消費者意識を超越した制御システムにより制御する。
・マーケティング、消費者意識、心理学、プログラマーはコンピューターのプログラムを作っているのではない。彼らは人間をプログラミングしている。
・ソーシャルネットワークを利用しても、人間の制御が失敗すること、負けることへの恐怖、子供モデルを使って、人々が自分自身の目標を達成するのを支援する。そのモデルへの依存症の強化、監視コントロール。
・行動デザインの目的は、前向きに行動が変わることを使って、人々を支援する結果を生み出せるようにすること。だが、前向きな変容とは何か、誰がそれを評価するのか、その人がしたいと思っていることを誰が決めるのかと言う疑問が伴う。
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5月22日木曜日、
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政治季評
朝日新聞・重田そのえ
取り残された赤い州の憎しみ、CNNなどのサイトによると、色ごとの得票率では、白人比率、肥満率、喫煙率が高く、大卒、白人、男子の貧困率が高い、そういう地域は共和党が優位。
米国では貧富の差が劇的に拡大している。彼らから富を奪ったのは移民ではなく、トランプやマスクらの大金持ちなのだ。再配分政策の必要性から目をそらすため、敵を作って排除を煽ると言うやり方にまんまと乗せられる人たちは、外部の敵を恐れている。彼ら開拓者は先住民とバファローに対して何をしたのか。
だが、彼らから富を奪ったのはトランフやイーロ・ンマスクなのか。彼らはそれから目をそらすために外部に敵をでっちあげているのか。中国や韓国が、国内問題が行き詰まると、それから目を逸らすために日本を悪者にするという茶番は現実にある。アメリカの場合は、トランプが有権者の歓心をかうためにナショナリズムや本性的欲求をくすぐる。
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5月25日日曜日
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なんか気になった音楽
葉加瀬太郎、情熱大陸の「エトピリカ」
アストルピアソラの「リベルタンゴ」
アルゼンチンタンゴ、バイオリンの切ない叫びは心の震え、歯切れ良い哀愁のリベルタンゴ
フジ子・へミングの「ラ・カンパネラ」
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5月26日月曜日
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「いきの構造」九鬼修造
ふっと思い出した。若い頃、ずいぶん気に入っていた。生き方のスタイルにしていた。暗い青春とそれに続く安サラリーマン生活を、いかに「いき」に生きようか。階級社会の江戸庶民のように。
「運命によって〈諦め〉を得た〈媚態〉が〈意気地〉の自由に生きるのが〈いき〉である」。いや、「意気地があって色っぽいが、どこか諦めがある」といったところか。
そういう心の持ちようあるいは生き方のスタイル。
それが日本的庶民的な美意識だといわれている。
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5月27日火曜日
丹沢湖畔で考えた。 |
丹沢湖畔で考えた
丹沢湖畔で考えた。こういうのも悪くはない。
○仕事 AI活用、対話、音声、問題の提示の仕方、解答解説、AI相談の展開のさせ方、SNSコミュニケーションのあり方
○ AIは、人間のあり方や生活産業どう変えていくか。
AIとどう付き合うか。
○残り10年をどう生きるか。死んだらどうなるのか。
◯ニーチェのジョニソスとアポロン 創造のために
時代の歴史認識、構造主義、ポストトゥルーの時代をどう考えるか。
○芸術 美 絵画、 絵画で何を表現するか、何をどう描くのか。そもそも表現したいものを持っているのか。
○趣味 ウオーキング 絵画 バイク 登山
○読書、乱読、ニーチェ、トラトストラ、ハラリ 人類の歴史 NEXSAS、日本の霊性、動的平衡 福岡真一、カフカの俳句、浅田輝 構造と力、吉田健 徒然草
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6月1日日曜日

室堂の雪の壁でスキーする人
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黒部立山の旅
湯船から出た足75年ありがとう
弥陀が原ラムサールも雪の下
6月2日・3日
室堂や雪の大谷痩せ細り
緑のなか白馬1日雨のなか
雨模様白馬の緑林霧の中

黒部第四ダム
富山側から長野側まで歩いてきた。
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6月5日

毎年咲くベランダのアママリリス
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昨日から風邪気味
ベランダを眺めて過ごすうつろな日
大輪のアマリリスのエントロピー
ハラリの共同主観は真実の夢をみるか
吉本流明の共同幻想論と、ハラリの共同的主観の物語に違いはあるか。ほとんど同じもののような気がする。国家や社会の体制秩序を形作る源として、その背後には人間の意思が働いている。その意思は、自然発生的なものか、ある目的を持ったものなのか。
血縁関係や部族の利害の延長上にあるのか。共同主観的現実を作り出せば、幻想や主観性は嘘や虚構にはならない。
ハラリはいう、人間の情報ネットワークはどれも生き延びて栄えるためには、真実を発見し、しかも秩序生み出すと言うことを、この2つを同時に実行する必要がある。だが、真実か秩序か、いずれを選択するのかと言う現実がある。
人類は、真実と秩序のバランスをうまく取ることができるのだろうか。いずれにしても共同主観がバネになる。
文書が現実を作り出すと言うこともある。10,000円の価値は、その紙幣をヤギさんが食べてしまったら0円になる。森友問題、文章の塗りつぶしは、その事実の塗りつぶしになるし、書き換えは事実の書き換えに等しくなる。
官僚制と神話は、共に秩序維持するのに不可欠だというが。それは人々にとって公正な判断なのか。人間は、理性的に民主主義を維持できるのだろうか。
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6月13日
「リスボンのトラム」 クリックで拡大
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メランコリーな雨
こんな気分どこかで味わったような。そう学生時代だったかサラリーマン生活の初めの頃だったか。
何のために生きるのか。どうやって生きるのか。将来の就職に備えて、何の知識や技能を勉強すべきなのか。それなのに私は頭が悪いくせに、ヘーゲルやマルクスを読んでめげ、サルトルにかじりつき、レビューストロースなどの構造主義者に非難されてうろたえ、ソ連や中国の実態に失望し、これからの行き方を見失っていた。
老いた。今残り人生をどうやって生きていくのか。やはりいまだ生き迷う。学びつつ老いぬというが。学んでどうなるものか。
梅雨空や弁当買いに駅ビルへ
梅雨空や塩鮭サワラ弁当味気なし
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6月23日月曜日

セザンヌの「曲がった道」模写 クリックで拡大
ウーン、へたくそ。模写にもなっていない。
次に、ハイデルベルクの橋のたもとの塔門を描き始めている。どうも出来栄えに納得ができない。何のために描くのか。
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セザンヌの「曲がった道」
セザンヌの曲がった道の模写。この絵には若い時の思い出がある。上野の美術館に見に行って、大きなポスターを買ってきた記憶がある。
曲がった道の構図が面白いから描いたのだろうか。セザンヌが住んでいたプロヴァンスの田舎の風景の雰囲気は確かに伝わってくる。ピンク色に赤チャけた道路。赤道色の土で焼いた瓦。白壁の家の連なり。オリーブ色の風にざわめく木の葉。プロヴァンスの空気感を表現したかったのだろうか。
村の赤や青、オレンジの屋根の形と色、キュビズムの新しい試みか。
葉っぱの書き方は印象派の流れか。ゴッホなどにも見られる。集落の屋根の形と色の組み合わせの面白さというのが、絵画としても面白さか。色を細かく塗り重ねる印象派的な表現方法には飽きてきた。それをどう越えていくか。題材の構図と対象の形と色の組み合わせ、色の置き方、分割筆触。表現意識とそのための情報を明確に意識すること。
それにしても、現代絵画と言うのは何なんだろう。私の場合は、今更画家になりたいわけでもないし、新しい絵画表現を作り出そうと言うような野心もないわけで、要するに趣味、好み、快楽などの非常に薄い要素から構成されている。だから、楽しければ面白ければそれで良いのではといったレベルなの。
だが、自分のために絵を書くと言うのでは、世界が狭くなってつまらない。やはり他人との関わ り合いの中で絵を描いていくこと。だから人物画も納得してもらえるようしっかりと勉強せねば。
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6月27日

モネ「睡蓮の池」オルセー美術館
ルノアール「エチュード若い女のトルソ、陽の効果」 オルセー美術館 |
フランスへ
何を思ったか、一度は行きたいフランスへ。
南フランスのプロバンスやアルル、パリの美術館、絵を始めている者には必見の場所。本物を見、体験することに興奮。
セザンヌ、ルノアール、ゴッホ、シャガール、マチスなど、やはりフランスは印象派の宝庫。
美術館に行っても、興味のある絵の傍でじっくり見ている余裕がない。人は多いし、時間もない。とても絵の鑑賞という雰囲気ではない。やはり、人はともかく、自分だけの絵を探す方がよいか。
セザンヌ「「リンゴとオレンジのある静物画」」 オルセー美術館
私のフランス旅行サイトへ
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7月17日
そういえば、どっかの市長が大学卒業したのかどうかで問題になっているようだ。でも私も大学をでたということにしているが、本当に卒業したのかどうか。
そもそも大学に入ってあまり勉強をした記憶がない。バリケードストに続くロックアウト、ウチゲバや機動隊、その合間の授業や部活など。 私は色々なバイトに明け暮れていたように思う。
これでよいのだろうか。
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困ったSNS
20日日曜日に参議院の選挙がある。嘘や偽情報がSNSで飛び交っているらしい。若者は新聞もテレビも見ずにこのようなSNSに大きく影響されている。必要なのはファクトチェック。だが、事後的なチェックでは意味がない。リアルな対応が必要。アカウントの停止、拡散の停止、削除、課金機能の停止など、SNSの主催者が積極的に取り組むべき課題だと思う。これは表現の自由の問題ではない。偽情報拡散して人々の判断を狂わせ社会を混乱させる、犯罪に近い行為である。それは表現の自由ではない。事実の中に嘘をしのばせる手口もある。何が真実で公正か、民主主義の質が問われている。
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| 7月23日木曜日 |
やや曇りがちなので、これ幸いとバイクにまたがって出かけてきたのだが、外に出てみると晴天、うだるような暑さ。ルート246の渋滞の中を耐えてと走る。熱い、クラッチを握る手が痛い、地獄。
山中湖行きを諦めて宮ヶ瀬で軽くうどん昼食。厚木から高速で家に帰る。何をしに出かけてきたのか。そんな日もある。
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7月26日土曜日
Tシャツ、短パン1つで、寝巻、普段着、運動着。 |
夏は大汗ウォーギングにかぎる
夕方とはいえ真夏のアォーキング。道に出歩く人はほとんどいない。でもなんとなく気持ちがよい。
夏の夕出歩く我はなんなのか
今年また寝間着普段着ウォーキン着
若き日の思い出抱えてウォーギング
熱き日は遠くになりて夏夕べ
久しぶりのウォーキング気持ちよい夏の夕
老人2人とお姉さんとおばさん四人の夏夕
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7月27日日曜日
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山中湖の富士山展望台へ
ほぼ予定してた通りの展開。
富士山は下半分しか見えない。それでも吹き抜ける風が心地よい。標高1,000m以上あるようだ。下界より7度は低い。
夏の日やほとんど見えない富士の山
夏の日も動けば涼しバイク旅
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8月1日
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ジジババの住める街なり二俣川
クリニックと薬局の多い街なり二俣川
病む群れの一人であろう老いの夏
熟成か二俣小町のなれの果て
夢現つ境わからずは幸せなり
母危うし我もまた遠からず
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8月2日
『トルコ椅子にもたれるオダリスク』油絵/カンヴァス(1927-28年)、パリ市立近代美術館 |
マチスのフォービズム
マチスの絵はフォービズム=野獣派といわれる。というより、構図と色彩の奔放官能派か。しかし、明るい色でセンスが洗練されて都会的?非常に本能的な、人間の肉体と意志を率直にぶつけた意欲的な絵画、ということらしい。
オダリスクとは、イスラムのハレムの女性のこと。自然で大胆な姿が絵の雰囲気にマッチしている。
2023年に東京都美術館でマチス展があった。この『トルコ椅子にもたれるオダリスク』は来ていなかったが、マチスのもっと印象的な絵。模写しようかと思ったが、この女性の大胆さに蒔けてしまった。
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8月8日金曜日
夜の佐渡汽船
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母の住む佐渡島
昨日母を訪ねた。相変わらず、自分の息子とわかっているのかどうか。危篤ということで佐渡に来たが、とりあえず持ち直したようだ。こんな母を見るのはつらい。
葬儀屋さんとも段取りを話してきたが、この先どうなるのか全く不明。
母の終活はどうなっているのか、私の終活はどうなっているのか。
二ツ亀
左の写真は、二ツ亀からみた奇跡の夕日
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8月16日
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相変わらずの靖国神社詣で
15日が終わった。相変わらず靖国神社詣でをする議員がいる。国家に準じた人々への尊崇の念と言うなら、彼らの特にA級戦犯としての戦争責任の問題はどうなのか。それを問わないで尊崇の念はないだろう。英雄視して過去を美化するのは、特攻隊員を送り出した側の責任逃れでしかない。
東京裁判で「平和に対する罪」とされたA級戦犯の、特に誰が、アメリカとの戦争を積極的に推し進めたのか。ヒットラーゆスターリンのような独裁者は日本にはいなかったが、集団で無責任な戦争遂行を行ったのだから、彼らはその罪を当然に負わなければならない。
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8月24日日曜日
外海府 賽の河原 |
逝く人はかくのごとしか
水ばかり飲んでながらうお袋よ
母さん一番おいしいもの食べさせたかった
お袋よ心残りの別れかな
朱鷺が舞い音なき稲穂枕元
8月26日火曜日
我がイント何思うてか漂流する
ネットネイティブと言う言葉、日本にいながら世界中の人とつながる。確かに。
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8月28日
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母はもう水も飲めなくなりにけり
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8月30日土曜日
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朝日新聞によると
英語学習AIデジタル加速、6割がアプリで勉強するようになる、テキストは4割。
読む聞く書く話す、幅広くゲームや漫画が入り口。気づいたら好きな親子で一緒に楽しむ意識NG。ゲームをしながら英会話を学ぶ、eスポーツ英会話。
8月31日日曜日
専門教師における、他社にない新しいサービスとは何か。手続き、信頼性、コスト。要は早い・うまい・やすい、この3拍子が揃うことが大事。
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9月1日月曜日
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タラチネの母逝かんとす稲穂波
75年生きて越佐75回は波の上
遅い夏船出る越後の旅情かな
母逝かんとす75年の親不孝
アメリカの独立時の連邦波と集権波の対立。この二元論はここに始まる。イギリス軍がバージニア州に侵攻したときに、コネチカット州が「家に来たわけじゃないからと言う理由で、バージニアを見捨てるのかどうするのか理由理論になり、結局は今に至
るまで決着がついていないそうだ。
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9月3日水曜日
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内田先生、管理を強化すると必ず国力は衰えるという。
現状を批判したければ、まず現状肯定しろと言う狡猾な論法。
社会的弱者が弱いのは弱さについてしまってそれを宿命として受け入れてしまっているから。弱さにつく事はある意味では現状への消極的な抵抗。
しかし、向上心を持つと現状肯定になる。
ルンペンプロレタリアートは、権力者を熱狂的に支持する。生活を良くしますと約束する政治家よりも、お前の生活が苦しいのは自己責任だと言い放つ政治家を頼もしく思ったりする。
検察と言うのは弱くても困るし、強すぎても困る。なかなか難しい機関。今の司法府には政権べったりと言う悪印象を除去しようとする努力は全く感じられない。せめて自立的たらんとしていると言うポーズ位は示して欲しいものだ。
2024年度の報道の自由ランキングで日本は70位。日常的に政府と大企業が主要メディアに圧力をかけ、メディアは自己検閲を行って都合の悪い情報を隠している。それに対して、メディア側で危機感を持っている人は果たしているのか。
政権内部や警察や自衛隊や大手企業の不祥事の内部告発を送っても、多分もみ消される。大手メディアに通報しても、内部告発の内容がシリアスなものであるほど揉み消されるだろう。
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9月4日木曜日
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雨上がり毛布をかぶる夜寒かな
水飲まぬ母に悲しき虫の声
母のベット朱鷺舞い降りる夢の中
大佐渡と小佐渡の間に飛行機雲
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9月6日土曜日
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朝4時21分母逝く
母の息間遠になりて静かに止みぬ
夏の日の思い出残して母が逝く
朱鷺見えぬ母の生きた夏の日に
手を取りて告げたきこともありにしを
医者による死亡証明書、市役所へ持参して火葬許可証をもらい葬儀会社に、葬儀会社から市が管理する火葬場と調整。佐渡では、火葬を先にしてから葬儀を行う習慣だという。母の場合、火葬許可証の提出から24時間経過しないと火葬できないということになっている。
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9月7日日曜日
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1日で葬儀を全て終える予定
葬儀の段取りの相談、葬儀会社見積り、お坊さん日程調整と謝礼、出棺、火葬、平祐帰る。可奈残ってくれた。不動院へ、家へ、納骨、全て予定どりに終える。
母よさようなら。わが人生をありがとう。自分をこの世に生んでくれた母とさよならするのは悲しいが、私もそれほど遠くなく迎えが来るだろう。
美しい花にうもれても母はわからじ
いく人に我もいく人秋の風
野辺送り人に悲しき秋の雨
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9月8日月曜日
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納骨、父の元へ
市役所死亡届出ー社会保険停止、年金停止、相続問題、司法書士選定相談、相続問題の課題、可奈帰る。
郵便局引き落としー葬儀支払い。グループホーム引払い手続き、親族、近隣への挨拶。
人の死は、観念ではなく現実であることを実感する。こうやって人は人生を終え、死んでいくのか。それが人というものの宿命であるのに、どうしてこうも納得できないものなのだろうか。そもそも母は自分の人生に納得できていたのだろうか。そうあってほしいと願うばかり。
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9月10日水曜日
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米山や父母のいない佐渡ヶ島
佐渡ヶ島父母なくてもわが故郷
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| 9月12日金曜日 |
母葬儀我も行く人秋の風
いつまでも根っこが治らず秋の風
欧米男子75歳が平均寿命とか
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9月17日水曜日
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久し振りで絵画教室へ
月謝は払っても1か月通えず。久し振りの絵画仲間。
9月半ばに入りても未だ夏去らず。
何も描くことがないので、ゴッホの「収穫」を模写。ゴッホはアルル地方にいた時、
シオカラの心もとなき秋の風
トチノキに夕日落ちかかるウォーキング
石の上リスの挨拶胡桃かな
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9月19日金曜日
ゴッホ「収穫」1888年の模写 拡大 |
秋風に誘われて
久しぶり10kmウオーキング能天気。
要なしの空っぽの思いコスモスの原
振り向けば空っぽの頭に秋の風
ゴッホの絵「収穫」の模写を始めた。
アルル地方の麦の収穫時期の作品で、 ゴッホにしては珍しく素直な絵。精神的に安定していた時期の作品だろうか。なんとなく日本の稲刈りにも近い風景で親しみが持てる。
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| 9月23日火曜日 |
丹沢山系のはずれ大野山に登る
急登+急カーブ、大型バイクでは辛い。それに引き換え山頂は360度の展望で爽快、渡風がとても気持ち良い。晴れていれば富士山が眼前に見えるはず。
夏が過ぎ、風あざみ
誰の憧れにさまよう
青空に残された私の心は夏模様
つい、こんな歌が口から出てしまう。
すすき原誰の憧れにさまようか
ススキの穂何彷徨いて風の吹く
幼き日トチノキの枯れゆくを見ゆ
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9月26日金曜日
西伊豆スカイラインの終点、仁科峠
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右カーブがうまくいかない伊豆スカイライン
久しぶりの伊豆スカイラインと西伊豆スカイライン。さすがに遠い疲れた。
どうしても右カーブがうまくいかない。なんかフラフラする感じで自信が持てない。左足のニューグリップを強くすると安定するようだ。それと、左カーブの場合は腰をうまく左側にスライドできるのに、右カープの場合は星と体のLINEがきれいに右に入っていってないような気がする。
陰方向にやたら車体を傾けたり、体を寝かしたりするような危険な走行はしない。楽しく曲がって楽しく走れなければ意味がない。老人は、何といっても楽しく走ることを心がけるべき。
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9月27日土曜日

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「GROWTH グロース」
「脱」でも「親」でもない新成長論 みすず書房4180円 著者ダニエル・サスキンド
成長戦略を語るのはたやすい。だが、富をどう再分配するかといった、ややこしいややこしい問題を考えなくても済むから。しかし今や経済成長の代償はかってないほど大きくなっている。経済的な不平等はもちろん自然環境の破壊、地域コミュニティーの荒廃、テクノロジーの暴走が進む。解決するには成長を止めるしかない、脱成長だ。脱成長とは要するに、意図的に不況を起こすこと」だが、人々が貧しくなる、医療や教育など基本的なサービスが手薄になるかもしれない。
成長の利点も大切にする成長の道を探る。方向づけられた技術変化と言う提案。民主的な方向付けは可能だ。成長は有害だと強調する環境派の議論も、グローバリゼーションに背を向けるトランプ派の主張もどこか暗さがつきまとう。著者はイノベーションの力や市民の自主性を信じている。
母逝きて秋色の街に夕日が沈む
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9月30日火曜日

大野山の山頂にて、ひとり昼食
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今日は、9月の最終日
再度大野山に挑戦する。バイクを楽しむためには、バイクを思い通りに操る技術が必要となる。技術の習得を楽しみ、疾走するバイクを楽しむ。
なかなか人馬一体と言う風には行かないものだ。ともかく、大野山の頂上で気持ちの良いお昼を楽しむ。大野山に行く途中の山中で新東名のトンネル工事が進んでいた。今日は気持ちの良い高原の風に吹かれて、来し方を振り返ろうと思う。
若い日々のカミュやサルトルや、マルクスは一体どこへ行ってしまったのだろうか。仕事は、何とか人並みにやれたと思うが、自律的な思想的には敗北だろう。人は歳を経ることに変わっていくものだ。私はどこから来て、どこへ行こうとしてるのだろうか。
75年生きて思えば遠くへ来たものだ
ススキ揺れ私の人生こんなもの
思えば恥ずかしここまで来れたものだ
煩悩凡夫いささかの自負あり
柳井正「一勝九敗」
一勝するために、その背後に9つの失敗の教訓があるのだと言う。「九勝一敗」という言葉もある。一回の不注意のため、すべてを失ってしまうこともある。
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10月1日水曜日
「荒れ模様の空の麦畑」1890年 ゴッホ美術館
ゴッホ『荒れ模様の空の麦畑』の模写 拡大 |
今日は絵の日、ゴッホを描こうかな
何かを描こうか。まだ決めていない。印象派的な画風が自分に合っていると思っているのだが、印象派といってもいろいろある。なんとなくゴッホが気になる。ゴッホの自画像は勘弁だが、風景画や人物画にいいものがある。
ゴッホは、「実物そっくりに見せかける正確さでなく、もっと自由な自発的デッサンによって田舎の自然の純粋な姿を表出しようとする仕事だ。」と述べている。
1890年、ゴッホはガシェ医師を訪ねて友人になり、村役場広場のラヴー旅館に滞在し、人生最後の2か月をここで過ごした。
ここでゴッホは、『荒れ模様の空の麦畑』と『カラスのいる麦畑』を仕上げた。
彼は、生涯最後の数週間に様々に異なる印象の、オーヴェール周辺の麦畑の絵を描いた。彼はこの風景に「悲しみと究極の孤独」を表現したいと思った。また、自然の中で描くと自らの心が癒され「励まされる」ような効果があると手紙に書いている。
オランダ・アムステルダムのファン・ゴッホ美術館で、『荒れ模様の空の麦畑』と『カラスのいる麦畑』を見た。ゴッホの筆致は健全だが、深い悲しみのようなものを感じる。1890年、この年にゴッホは逝く。
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10月3日金曜日

なかなか馴染めないXL750
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今日はどこへ行こうか
手軽にバイクを楽しめるところとしては道志道しかないようだ。
それにしてもこの年でバイクを乗りこなすと言うのは、本当に難しい。特にバイクに乗ってどうやって右左に曲がればいいのか。その原理がわかったようでよくわからない。前輪の方向、車体の寝かせ方、身体の移動、ニューグリップの左右の強弱、バイクのスピードによって異なる体重移動、低速なら車体を傾けて、体の体重を反対側に移して、バランスを取る。
それにしても、私の動体視力が一段と弱っている。左右の目の焦点を合わせるのに時間がかかっている。
ゆっくりとだが、正確に運転してバイクのドライブを楽しむこと。でも楽しむためには、バイクの動作特性をよく理解しなければならない。それが難しい。機械の原理だけではない。身体がうまく反応してくれればよいのだが。
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10月5日日曜日
新東名の架橋 完成間近か。 |
老人のドライブとは?
丹沢湖畔へドライブ。特段ドライブをしたいわけではないが、車のバッテリーが上がらないようにするためと、錆びないようにするためと、運転技能の確認、この3つのため。
こんなことのために車を保有する意味がどこにあるのだろうか。確かに車を持っていれば、自分の可能性を拡張できることにはなる。しかし、今更能力や技能や可能性などといっても、75歳には対して意味があるとは思われない。そろそろ手放す時期なのかな。
車は止めても、免許証は当分は保持する。後、バイク二台はどうするのか。
コンビニに軽トラ二台の幸せかな
仕事無し要無し男の暇つぶし
栗ご飯ごま塩まぶしてあー幸せ
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10月6日
ゴッホ |
浮世絵の様式美
浮世絵における構造的美、様式美、統一感、一貫性、人と自然との交感。日常生活の中のちょっとした仕草に美を感じる貴族、上流支配階級武士ではなく、貧しい生活の中にも美的な楽しみを見出す庶民のアート。
顧客、取引先、能力のある社員、管理職養成、時代の変化、デジタル、AIの活用
10月9日、大池公園1周10キロコース
真っ黄のアワダチ草揺らす野分けかな
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10月10日金曜日
富士は雲の中、ひとりお昼。 |
足柄峠から富士山を見んとて
渋滞の東名高速を走っていて、面白いものを見た。後ろの注意不足だよ白い車。飛び出したところがパトカーの前、馬鹿みたい。
足柄や富士は半分雲のなか
平日にバイクに乗り来てああ快感
海老名Sで大衆のなかの老人を楽しむ
老人バイクは体を寝かせるより、車体を寝かせたほうが制御しやすい。体を起こして姿勢よく。
10月12日日曜日、
大池公園散歩。洒落と機知を好む当世風の俳諧から離れ、平明にして心ことに深い俳諧を目指す。だが、出ない。そういう日もある。
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10月13日月曜日
この絵は 『カラスのいる麦畑』1890年の本物。(ゴッホ美術館)
『カラスのいる麦畑』1890年の模写 拡大 |
「カラスが群れ飛ぶ麦畑」(ゴッホ)
ゴッホの『荒れ模様の空の麦畑』1890年を模写したら、面白くて 『カラスのいる麦畑』1890年に手を出す。だんだんゴッホも精神的に危なくなってきているのを感じる。青黒い空とカラスの群れが、私を不安にさせる。1890年、この年、ゴッホ逝く。
@空に青色を薄くかぶせること。
A下の曲がった道の下の部分をもっと幅広くする。道の中にも麦が生えている?
B右下の道の面積を上に拡張する。
C道の色を全体に赤み+土色を強くする。
D麦畑のオレンジ色、黄色をもっと発色良く。ゴッホ色の再現を。
E最後にカラスを飛ばす。
Fゴッホの表現の様式に注意する。
ゴッホの絵は横長だが、私の絵はF6で横幅が寸詰まり。でも面白い出来上がり。ゴッホの絵を模写しても、ゴッホの心は解からない。
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10月14日火曜日
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ノーベル経済学賞
アメリカ人、カナダ人、フランス人の3名が「イノベーション主導の経済成長の解明」で受賞。
イノベーションが経済の持続的発展を促す。創造的破壊が古い商品と市場を廃棄し、新しい商品と市場を形成する。次の創造的発展を準備し、持続的な経済発展を促す。
10月16日木曜日
泌尿器科の帰り道、
我がマンション老人ばかりとなりにけり
我が集合住宅は介護老人ホームなりけり
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10月17日金曜日
八王子城跡・本丸の跡地か。
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八王子城跡探訪
今日は山の会で八王子城跡に行った。城跡の散歩と思いきや、450メートルの山登りとなった。
もう少し城の全容がわかり、曲輪の跡がわかるのかと思ったら、400年以上前の遺構はほとんど草木に覆われてしまったようだ。成り行きで、裏山の八王子城跡に登ってしまった。
年ふりて草木に眠る武士の意地
八王子の人がよいハイキングになるから行ってみて、といっていたので来たのだが、草木に覆われた完全な山城だった。
小田原・北条氏の出城で、天正18年(1590年)6月23日、豊臣秀吉の関東制圧の一環で、前田利家・上杉景勝軍に攻められて落城した。平成18年4月に日本城郭協会より「日本100名城」に選定されている。
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| 10月18日土曜日 |
人間「国宝」って何
そういえば、前に「国宝」という映画を見たのを思い出した。2人の青年の生き様と歌舞伎役者としての演じ方の芸が重なってなかなか見所があった。国宝となるような人の芸とは何か。人間国宝になるように芸を磨くことにどれだけの意味があるのかよくわからないが、青年たちの前向きな生き方がよかった。
秋の風カラス泊まりけり柿木の上
シャボン玉飛んで消えたり秋の風
風流かな柿の木落ち葉に秋の空
工業製品にアートのある表現を。それが文化的な成熟というもの。
音声自動文字起こしアプリnottaというのがあるそうな。
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10月24日金曜日
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免許の更新
75歳を越えると免許の更新時に認知症の検査があるそうな。他に、運転の実地検査もあるという。
冷え曇り心に重いキンモクセイ
やはりなあ免許センター認知検査
10月28日火曜日
宮ヶ瀬を経由して都留に向かう山道。なんとなく以前走ったことのあるコース。都留市ミュージアムに立ち寄る。その後道志村に出て道の駅でかき揚げそばを食べる。そばがのびのびでなんじゃこりゃ。でもかき揚げはおいしかった。
バイク乗り用なき楽しみ時を過ぐ
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10月29日水曜日
大池公園にて |
大池公園散歩
いつか逝く身を放らす大池の秋
秋の日に私を噂してか騒ぐカラス
カアカアと照る落葉を眺めけり
二俣川の銀杏はいまだ夏模様
ジジのみの散歩も楽しい大池公園
逝くまでは遊んで過ごすか時は過ぐ
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10月3日月曜日
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私って何?
私の性格、特性ってなんだろう。
私は75年生きてきて何をやりたかったのだろう。
三浦少年、田んぼの畦道に腰掛け、何も考えず何もせず、ぼーと田んぼと佐渡の山を眺めていた。それで私は幸せだったのだろうか。私は何になりたかったのだろうか。
60年が過ぎて、私は三浦少年のままのような気がする。絵描きは不良か反抗者か。自分の内に秘めた、意識していないかもしれない思い、それを表現したいと思っている。
そんなことをつらつら想いながら散歩。
どんぐりか頭に降りて野分かな
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| 11月10日月曜日 |
日に日に世界は悪くなる
ウクライナにガザ、ミャンマーにスーダン。トランプ、プーチン、周近平。世界の悩み、日本の悩み??。
世界は平穏と安定、発展に向かうはずだったが、どうしてこうなったのか。歴史100年の巻き戻し。歴史を前に進めるためにはどうしたらよいのか。
11月13日
佐渡ヶ島へ銀杏葉舞い散る新潟駅
11月15日土曜日
母の法事坊さん一人に夫婦二人
夢中遊泳
秋深し仕事に急ぐ仕事なし
秋深し人間と言う類を愛しみ
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11月25日月曜日

ゴッホ「ラ
ムスメ」 1888年7月の模写
テオに宛てた手紙
「君が「ムスメ (mousme)」とは何のことか知っているなら(ロティの『お菊さん』を読んだら分かるだろう)、僕はそれを一つ描いた。1週間まるまるかかって、ほかのことは何もできず、調子はまた余り良くない。それが嫌なことで、もし調子が良ければ合間にもっと風景画を片付けられるのだが。しかしムスメを仕上げるために僕は精神的な力を節約しなければいけなかった。ムスメというのは日本人の女の子――この場合はプロヴァンスの子だが――12から14の子をいう。これでズアーブ兵と彼女と、2枚の人物画ができた。
[中略]若い少女の肖像画は、ヴェロネーゼ・グリーンを強く帯びた白い背景で、身頃はストライプの入った血のような赤と紫だ。スカートはロイヤル・ブルー(藤紫)に大きなオレンジ黄色の水玉がある。肌の光沢のない部分は黄灰色で、髪は紫がかっていて、眉は黒、まつげも。眼はオレンジとプルシアン・ブルー(紺青)、キョウチクトウの小枝を指の間に持っている、というのも両手まで絵に入っているから。」
(Wikipediaより)
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あれから50年思えば、遠くへ来たものだ
森永の記憶対策サプリ、ビヒズス菌、MCC1274、1か月4,500円
記憶力を維持するということのようだが、どうなんだろう、あまり実感ができない。脳細胞の若返り?現状維持?新しいニューロン、シナプスはつくられるのか。リニューアルなのか。死んだものは仕方ない、これ以上死滅のが進まないように抑えるものなのか。いったい原理はどうなっているのか。
「ヒト臨床試験において単一のビフィズス菌生菌体のみで加齢に伴い低下する 認知機能(記憶力)を維持する働きが世界で初めて論文報告された」「脳と腸は密接な関係があり「脳腸相関」とも呼ばれ、ビフィズス菌を摂取することで脳に良い影響を与える可能性がある」のだそうだ。
ゴッホ作にしてはゴッホらしくない作品。ゴッホの「ラムスメ」を描いているが、最初のデッサンが小さかった。背景が空き過ぎた。この背景をどうしようかと考えている。上下左右のスペースに浮世絵を飾るのはどうだろう。ありきたりすぎて独創性がないかな。貼り絵、英字の新聞雑誌の切り抜き、和風の布切れ、なんかどうか。
結果は左の通り。
ゴッホが読んだロティの『お菊さん』には、「ムスメ」という単語について次のとおり説明がある。
「ムスメとは若い女の子、若い女性を意味する単語である。日本語の中でも最も可愛らしい言葉の一つだ。moue(つまり若い女の子の愉快で可愛らしいふくれっ面)とfrimousse(つまり若い女の子の快活で優しい小さな顔)という言葉の両方の語感があるように思われる。私は、この意味を表現するのにぴったりくるフランス語の言葉を知らないので、この単語をしばしば使うことにしたい。」
(Wikipediaより)
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11月26日水曜日
拡大 モネの睡蓮がやはり中心か。 |
オルセー美術館印象派展
上野国立西洋美術館にてオルセー美術館印象派展に行ってきた。平日だったせいか比較的すいていた。
印象派初期の作品が中心だったように思う。人物肖像画以外にも日常生活の様々な場面を書いているのが目立った。画家が古典的な絵画の制約から離れて、自律的に何でも書くことができるようになった時代なのだろう。しかし、全体としてはまだまだ古典的な写実的な絵画の匂いが強い。わかりやすくて良いのだが、それなら写真で済んでしまう。
ルノアールのタッチはあまり好きではないが、ピアノを弾く女性も見ていると気分が良くなる。読書をしている女性も良かった。

拡大
東京都美術館でゴッホ展をやっていた。入場券を買うのに30分。展示室に入るのに30分。恐れをなして帰ってきた。
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11月27日木曜日
山中湖パノラマ台にてお昼 |
冬の旅気分を味わいつバイク行
宮ケ瀬経由で道志道、そして山中湖へ。
自分がなるべく働かないで、お金に働いてもらうのが資本主義と言うものらしい。なるほど、そうであるか。
時間を自由に使える人が、この社会での勝者ということ。自分のため、家族のため、友人のために時間を使うこと。なるほど、そうであるか。
自由になる時間があることは良いことには違いないが、しかし自由とは何か。 何のための自由か。自由であることにどんな意味があるのか。
自由な時間を楽しみながら自由を考える
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12月1日月曜日

ベトナル航空の飛行機に乗る
ハロン湾の島々 |
なぜかベトナム旅行へ
8時56分始発電車、横浜5時15分着、ワイキャット5時30分発、成田へ。真っ暗な中、始発電車は辛い。
成田はまだ店も空いていない。ラウンジも10分待ち。
9時30分発のベトナム航空でホーチミンへ、6時間25分のフライトだと言う。
印象に残ったのは、ホーチミン(旧サイゴン)のバイクの群れと幻想的なハロン湾と丸っこい顔の女性たち。伸びしろのある開発途上国の印象。
サイゴンや元気バイクの頼もしい
張り合って爺さんバイク雨模様
道行けば雨のランコー弾丸バス
ベトナムはバナナ畑の恵みかな
雨中のお墓、バナナ、畑の宴かな
田中雨三角傘の懐かしさ
郷愁は雨中田の中△傘
ハロン湾静かなる夕べ何を思う
高級リゾート遊ぶ身分になり下がり
黒牛の草ハム側に白鷺一羽
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12月9日火曜日
宮ケ瀬湖の虹の橋
11月から描き始めていたがようやく完成した。 |
四季の会忘年会
老人が集まると、話題は病気自慢と相続問題になるというのは本当。だんだん彼岸が身近になってくるのを感じる。
硬い本「斜め論」空間の病理学 筑書房、松本卓也 を読み始めた。硬いが面白い。
垂直方向と水平方向と言う概念。依存症の治療として有効とのこと。
自分と超越的他者、例えば神の間の垂直方向の関係は飽和してしまう。治療あるいは解決のプロセスは水平方向の関係、すなわち自分と身近な他者との間の関係を新たに続き直すことによって始まる。水平方向は対他的な社会関係をいうようだ。この対他的な観点は個人と社会との関係を考えるのに有効な気がする。
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12月10日水曜日
三浦半島の先っちょの海岸 |
絵画教室の先生たち
O先生をK先生が三浦半島に連れて行く。最後になるかもしれない海を見に。
K先生は、自分の生活よりもガザやウクライナを心配している。先生は不良だが、いいものを持っている。
トランプは、ロシアや中国のような強いものにはペコペコし、ウクライナやガザなどの弱いものに対しては強く出る。思想性ほとんどなし。ゆすりとたかり、やっていることはほとんど街のチンピラと同じ。アメリカ国民はこんなやつを大統領に選んだのか。そのつけは大きい。
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12月11日木曜日
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斜視矯正手術術ご1年の検査
8時45分発の新幹線で熱海に行くのに、東京行きホームで44分まで待っていてた。なんといううかつ。1分で下りホームに走って行ってギリギリ乗り換えた。
目が悪いと視野が狭くなり受け取る情報量が限られてくる。私は、このことをもっと深刻に感じるべきだ。もっと慎重にものを見て判断すべきだ。
多様性・公平性・包括性、アメリカ・リベラルのキャッチフレーズだが、格差、貧困、麻薬、酒依存に悩む没落中間層以下には響かない。移民排斥、人種差別、アメリカファーストの方が支持を得やすい。それに対して、リベラルの主張は弱い、心に響かない。経済的な施策ではほとんど手が打ててない。グローバリズムも能力主義に近い。
トランプの後は極右か社会主義者か極左が出てくるのではといわれる。ニューヨーク市長になった極左的ポピュリストのマムダニは、トランプに対抗するだろう。「アメリカ民主的社会主義者」(DSA)という民主党左派のメンバーであるらしい。リベラル左派はどうする。
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12月15日月曜日
孫へのクリスマスプレゼントの絵 |
孫へのクリスマスプレゼント
2月頃に描いた絵だが、イブの24日までには着くように愛しの孫に絵を送るようにした。喜んでくれるかしら。
「天路の旅人」西川一三伝 沢木耕太郎著
第二次世界大戦末期に「密偵」として中国奥地へ潜入した日本人・西川一三、彼の戦後の生きざまからスタートする。久し振りに面白がった。でもそれだけで、何を考え何のために行動していたのかよくわからないが、生への動物的な本能のようなものが感動的だ。
河口慧海「チベット旅行記」に勝るとも劣らない迫力。
その土地の人々と同じ言葉を話し、同じものを食べ、同じ苦しみを味わいながら、這う這うの体で峠を越えて、美しい眺めに息を飲み、寒さに震えて猫のように丸まって眠り、カミソリで切られるような鋭い痛みを覚えつつ裸足で渓流を渡り、生き倒れた死体に明日の自分を見る。最低限の持ち物しか持たず、身体を通じて未知の世界と渡り合った、西川一三8年の旅路は、あらゆるものが擬縮された生そのものだった。(石川直樹、解説より)
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12月18日木曜日
私のホンダ車、XL750
かわいいモンキー125 |
ホンダは何を目指すのか
ホンダは自転車と原動機を結合させるところから出発した。新しい試みを実現し、4輪車、航空機、そして宇宙開発にも取り組んだ。ホンダは2輪・ 4輪車に限らず、新たな原動力とソフトウェアを組み合わせて、付加価値を創出すると言う企業と言える、と評価される。
INTは、成績集計という分野において、新しい開発技術とAIを組み合わせて、新しい集計、評価の付加価値を創出しなければならない。
今日、グランド10周ウォーキング。でもなぜ歩くのか。先日は宮瀬までバイクで行った。でもなぜこの年になってバイクで走るのか。人は説明しがたい衝動というものがどうしてもあるようだ。何か考えようとして走るのか、無心になるために走るのか、その中間でいろんな感触を確かめ、楽しむために走るのか。
走ったり歩いたりしながら、考える事は脳にとって良いことだし、良い考えやアイディアが浮かぶこともある。確かにその記憶はあるが、バイクで走りながらものを考えるのは、地獄直行便になるからやめたほうがいい。でも、ジョギングやウォーキングのよいところは、運動しながらものを考えたり感じたりすることができると言うことだ。これは他のスポーツには変えがたい。
なんとなくだが、バイク乗りは人間のある種の本能のような欲求に根差しているのかもしれない、と思うのだ。
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12月19日金曜日
大野山からの眺め

駐車場から見た大野山 |
大野山の山歩き
つぶらの公園駐車場まで車で行く。そこから1時間15分で大野山山頂へ、というのが老人ハイカーの安直な計画。
休み休みしながらゆっくりと山頂へ。山頂では風が冷たく30分でお昼を切り上げた。下りでは、自分の足腰の弱さを露呈する羽目になる。
「斜め論」 空間の病理学、松本卓也、筑摩書房
意識と行動、政治、経済、社会的状態における垂直方向と水平方向という了解の観点
水平方向 それはしばしば横のつながりや広がりとして表現されるような共同的世界を意味する。ひとまずは、身近な他者との横のつながりのこと。
垂直方向 それは自らを高みへと導くような問題定義とその自主的解決内で決断。つまりは自己の超越を意味する。
その両者のバランスが取れている時が「健康」であると言う人間学的均衡論。垂直方向だけでは行き詰まってしまい、解決できない。行動と社会との関係性における水平方向への拡大、これが行き詰まりを打開する。
フーコーは、ハイデガー的な語彙で垂直方向の特権化を正当化する。垂直方向の特権化は、人間の存在の意味を時間制の中に見ようとするハイディガーの「存在と時間」に由来する。
私たち現存在は、世界の中で遭遇する他者たちに対して気遣いを行いながら関わり合う。
空虚な語りを繰り返す。それは本来的な将来に即して自己理解することができず、水平化されてしまう。本来的な将来に即して自己を理解するためには、自らが時間との関係の中で死と関わる存在であることを先駆的に覚悟することが必要、だという。
だが、それは垂直方向の思い上がり。ラカンも同様。
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| 12月22日月曜日 |
特殊相対性原理
(1 光速度はどんな観察者から見ても常に不変であると言う光速度不変の原理
(2 すべての物理法則は、互いに等速直線運動をするどんな観察者から見ても同じである。
だが、時間と空間は別々のものではなく、互いに影響を与える時空と言う一体の存在である。
真空の無を埋める量子とは何なのか。場のエネルギーとは何か。現代物理学はよくわからない。
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12月24日水曜日
モジリアーニ 「おさげ髪の少女」1918年頃の模写 |
絵画詐欺師?の話
クリスマスイブの夜、TBS 23時30分から。
ベルトラッキ、稀代の詐欺師 贋作師。
彼は画家の空白を見つける。贋作を作るには、その画家についての知識が必要。絵の具も当時のものを探す。キャンバスも当時の画家のものを探し、それを加工して使う。画家の作品をよく観察する。画家の人間性の理解、雰囲気、様子、癖、筆致。画家120人、贋作300点。藤田嗣治も含まれている。2010年逮捕、6年の有罪判決を受け、ドイツの刑務所に収監された。
彼は普段はその画家と同じ年代の絵の具を探し求めて贋作を製作していたが、問題の贋作のときには自分で絵の具を調合しなかったため、贋作が発覚したということ。
本物で価値があると信じること。教会と同じ。彼は出所後、贋作ではなく自身の名前で絵画を発表しているという。アートとは何か?本物、贋作と芸術の間に何か関係があるのか。
髪切りて中身も薄し年の暮れ
総括は急ぐことなし年の暮れ
老人が目に付く街なり二俣川
我もまた二俣の街行く老人かな
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12月30日
奥飛騨温泉郷
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バイクの効用
そういえば今年の3月にXL 750が納品になった。思えばそれなりに楽しい1年だったかもしれない。年甲斐もなくと言えば確かにそうだが、バイクに乗ると心と体が幾分しゃきっとして若返ったような気がする。これは私だけではないようだ。バイク乗りの効用と言うこともある。
年の暮走り納めの道志道
年末に休業はありや道志の駅
12月31日大晦日
奥飛騨の舞い散る白雪湯けむりの中
奥飛騨の暗い山の端散る白雪
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| photo by
miura 2025.
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