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俳句徒然日記2015


2015年12月17日

世の中を思えばなべて

世の中を思えばなべて散る花の我が身をさてもいづちかもせむ (西行)

世の中を思えばなべてこともなし

こんな堕落した現状でよいのか。だんだん、人生どうでもよくなってきているのか。

風邪気味で仕事を休む。

抱き寄せるささめごとや夢の中
幸せと思うべきかな晩秋の風呂
人はなぜ生きねばならぬか初時雨

「親は私をお金のために売った。私は家族のために売られた。」(アフガニスタン)

雑草のごと怠らず励め死するまで
雑草のごと学びつ老いぬ今朝の秋

12月の旅人出会いを喜べ
黄昏て封じし夢を数える秋
仕事なく苦しく辛い今朝の秋
優志陽菜じじばばつどいて年の暮れ

俳句は所詮遊びと思ってみた
俳句や金持ち暇人遊びごと
俳諧や点者・賭け事・どさ廻り


風流のためではなく、今日の飯のための俳諧(一茶)
職業としての俳諧師(業俳)
前向きのバカには可能性あり、後ろ向きのバカには可能性すらない。
芸術家芭蕉 稼業絵師・遊び詩人蕪村 生活業俳一茶

凡人は欲望が原動力66歳

 

2015年10月13・14日


尾瀬ヶ原にて

尾瀬行くも


10月の13・14日と仕事をさぼて尾瀬に遊んできました。
秋の尾瀬は初めてでした。初日は雨でしたが、旅愁をさそう情趣深い秋を楽しんできました。
そこで、恥ずかしながら駄句。

尾瀬行きや残し仕事数えて紅葉狩り
尾瀬行くももみじ葉濡らす初時雨
濡れ木道すべる足弱尾瀬の秋
尾瀬ヶ原仕事忘れて輝紅葉
尾瀬ヶ原また幾年の紅葉狩り


失礼しました。


2015年10.18


佐渡の国分寺跡


富士か峰出来たれば雲の中
秋深し雲中索漠富士が峰
墨の絵やただひたすらに無になって
死ぬまでは生きていたいが秋の風
死するものなぐさめかねつ今夜の月
なぜ生きねばならぬか死するものよ

四十九年一睡夢 一期栄華 一盃酒(上杉謙信)
一生一睡の夢 人生夢中 一杯の酒

故郷や時雨紅葉に老いた母
佐渡島錦を飾る故郷もなし
六十六年時雨る金北佐渡島
何ゆえの深川遁世芭蕉庵


ああ一茶
月花や四十九年のむだ歩き (一茶)
四十九年一睡夢一期の栄華一盃酒 (謙信)

秋陽さしキャンディしゃぶり遠出かな
秋の陽に誘われ出れば百日草(ジニア)
花の名は尋ねられし人のジニアかな
物くれると聞くや出でゆく家内かな
秋深しころころうんちころっと出た
あんたただのおばあさんじゃないね


2015年9日19日

八ヶ岳・編笠山の夜

久しぶりで山テント泊。調子に乗て酒を飲む。だが、眠ろうとして眠られない。寒くてしょうがない。身体の芯から冷えてきて震えが止まらない。着れるものはすべて着る。地面に曳けるものは何でも曳く。テント・寝袋、ああ、重い装備に、貧弱な防寒機能。新しいの買おうかな。
だが、寒くて句が出ない。

編笠山寒くて寝られぬテント泊(野宿哉)

2015年9月4日

さればこそ賢者は富ず

蕪村は芭蕉ほど俳諧にのめり込む必要性はなかった。生活のためには絵師の仕事があった。腕も良かった。いい年して芸者に入れあげ、説教されても治らなかった。そんな蕪村が次のような句を作っている。説教くさくはあるが、蕪村が言うとリアリティがある。

さればこそ賢者は富ず敗荷(やれはちす)(蕪村)

蕪村62歳の時の句である。蕪村も芭蕉に劣らず心に残る句がたくさんある。この句も私の好きな句のひとつ。
そこで凡夫の一句

さればこそ怠らず励み行く人へ(妄執を絶つ)

そうありたいもの、といった句だがやはりくさい。

夏過ぎて老人力や鈍感力
職人の熱き技法我にありや
効率経営贋物喪志の夏が過ぎ


それは9月5日土曜日我が身に起きたこと

2015年8月

何のための仕事か

仕事を続ける意味が見いだせなくなっている。
人の為ではなく自分の為に、自分の為にではなく人のために。自分の為は人の為、人の為は自分の為。いまだ仕事をする意味見いだせず。

夏の日や生きる影薄くさまよえり
老いてなお捨てて捨てえぬ夏日かな
旅に出て己を知れや秋の風

夏大山難行苦行の白昼夢 (8.1)
丹沢へリタイヤ近し夏野かな
対面にモジリアーニな女性の夏


2015年7月

芭蕉の「あすなろ」

明日こそ、明日にはと言い続けて、老いてしまう「あすなろ」の話は、心につらい。
寂しさや花の辺りのあすなろう (芭蕉)
日は花に暮れてさびしやあすなろう  (芭蕉)

生きる意味問うて暗くす今朝の雨
梅雨明けや電車屋根越し青い空
若く清く貧く思へば遠く来たものだ
老いて富んで不純になったとそう思う
なぜ生きる湧いては消えて梅雨開ける
ぼぼっとして屁こき過ごして梅雨明ける
ぼぼっとして連休過ぎゆき梅雨明ける
定年を過ぎていつまで働くか
年だけでないだから私は自然主義者


2015年6月22日


愛車1200GSと富士山

世の中が曲がって見えて

前年2014年4月5日、黄斑上膜を手術してとった。1年たっても我が眼は回復しない。いっそう世の中が歪み曲がって見える。左目は正常、右目がダメ。それで、ものを見ようとしてもうまく焦点をあわすことができない。最低最悪。

生きる意味問うて暗くす今朝の雨(梅雨の空)
生きる意味問うても暗し枯れ紫陽花
めぐり来た雨の紫陽花開成町

おしっことうんちを同時にしたくなる
鴨ネギや老人かなし病院漬け

黄斑上膜の手術後1年の検診
大口東今日も3時間待合所
大口駅と病院の途中に川がある。ほとんど哀しみのドブ川である。

こらえしょうのない男が今日も立ちつくす橋の上
世の中が曲がって見えて黄斑手術失敗

喰うて寝て老いて死ぬのが怖いか人よ
梅雨の日や連帯求めて孤立恐れず
これがまあお前が望んだ人生か
目の前の座席がひとつ空いてしまった

バイクなおり蘇るかわが野生
一本の矢じりとなりて突き進め

苦労を知らない凡夫凡作をなげく
でれでれと居ぬれば楽や春昼寝
憂き春日かくしゃくとして逍遥す

人生を変えるファッションきわめ人

NHKTVを見て。
好きなこと・やりたいことマップ・幸せになれることマップ
バランスではなく破調こそ印象・自分を超える
熱い魂 伝わる女性Vorcal

2015年4月10日


都会では老人朝から茶に並ぶ
田舎では老人朝から畑守り

アウトサイダーにしてアウトライダーを気取る。
普段は凡人、逆境に立ち追いつめられると、遠くへ飛んでいける能力と技能、そんな人。

我も行人思い直した通勤路
死ぬまでは我も行く人活きる人
たとえれば街行く野武士に桜花
ともかくも心残りの桜かな
清楚とはひとりしずかの山桜
酔狂や桜を友に独り酒
寂しさは散り行く定めの櫻花
寂しさは散り際あざやか櫻花
寂しさは散るが定めの櫻花
今年また桜見に来し喜びは
うぐいすも遊び鳴くや里の春
子にうとまれ花もないのに花見かな
狂句散花酔狂やさくらをさかなに一人酒



2015年2月28日

多文化主義

梅の香や忙中閑あり夕月夜
紅梅やしょぼくれ咲いても梅の花
対立を避けるためにや多文化主義


安易に多文化主義を言わぬこと。多文化の共生は口で言うほど楽ではない。からっぽの多文化主義。他の文化への順応が求められる現実。移民は移民先の文化を受け入れよ。自分の文化を捨てよ。共生は可能なのか。せいぜい他文化の理解か。
共生と分断。拒絶の風景。愛と憎悪の混迷。フランス、多文化主義の優等生?交流なし・分断・無関心。共生か敵対か。人類はまだこんなことさえ解決できないでいる。


人生は希望挫折にあきらめ愉楽

道に死なん、これ天命なり
憂き春日かくしゃくとして逍遥す
面白いこと探して四月のバイク旅

干渉しない、尊重する。
さればこそ賢者は富まず破れ蓮(はちす) (蕪村)

@SNSの活用 A自然の中へ B物欲から離れる C自分の価値観・経験へのこだわり Dいつも忙しく死ぬまで生産と創造 E創造的に自由な心の表出


2015年1月30日

雪見ては子供のようなわが心
節分やこころざしなき春が来て

 

photo by miura 2017.12 mail:
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