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俳句徒然日記2008


2008年12月10日14:04

そら

最近、「そら」を読んだ。
奥の細道の旅で芭蕉に同行したあの曾良についての本である。
曾良が何者なのかを調べた本だが、やはり幕府の隠密?説を裏付ける調査結果になったようだ。これをもとに、曾良の小説でも書くと面白そう。
曾良が芭蕉に同行したのも、幕府から日光東照宮の改築を指示された仙台藩が財政難から渋っているのではないかと、その動向を探るのが目的だった、というのだ。
まっ、そんなこともあるかといった感じ。
それよりも、芭蕉は曾良について次のように書いている。

雪丸げ(「きみ火をたけ」の詞書)
 「會良何某(なにがし)は、此のあたりちかく、かりに居をしめて、朝な夕なにとひつとはる。我くひ物いとなむ時は、柴折くぶるたすけとなり、ちゃを煮る夜は、きたりて氷をたたく。性陰閑(いんかん)をこのむ人にて、交金(まじはりこがね)をたつ。あるよ、雪をとはれて、

 きみ火をたけよき物見せむ雪まるげ 」

ほのぼのとした師弟愛の芭蕉バージョンだが、芭蕉の生活の面倒を見てくれる曾良に感謝して、自分は雪だるまを作ってみせよう、というのだ。
曾良よ、キミは火を焚いてお茶を入れてくれたまえ。私は、いいもの、雪丸げ(雪だるま)をつくってみせてあげよう。二人で、雪だるまを見ながらお茶しようではないか。

幕府隠密の曾良は、芭蕉のためにお茶をたてながら何を考えていたのだろうか。曾良が見ていたものは・・・。

2008年11月29日

寂しかった秋に

寂しかった秋が過ぎメノー濃い晩秋へ
冬の前にドリカムの秋か天城越え
晩秋や仁科峠で蕎麦食わん
晩秋や何でもない旅を一人楽しむ

老いた親鸞絶対他力の凄まじさ
恐ろしや親鸞思想の逆説

新約聖書といわれるものに、
マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの4つがある。
他に、トマス・ピリポ・真理など多数の福音書といわれる文書もあるようだ。これらは「異端文書」と言われる。どれも、イエス・キリストが書いたものではない。やはり宗教・キリスト教は不思議だ。
わが仏教でも、ブッタは「真理に達した人」のことで多数いたということになっている。ゴータマ・ブッダは、シャーキャ・ムニで釈迦個人を指す。仏教の仏さんはたくさんいて、誰が誰やらさっぱり。そもそもなぜ現代日本でなぜ仏典・お経が日本語ではなくインドの古代語サンスクリット語の漢訳のままなのか。中国語なのだから中国人が読んで意味がわかるのだろうか。

諸行無常一切皆空

2008年11月18日14:04

金融崩壊秋深し

秋はどうしても俳句の季節。
芭蕉好きのわたしとしては、どうしてもたそがれてしまうのです。
「月をわび、身をわび、我がつたなきをわび、わぶと応えんとすれど問う人もなし。なお、わびわびて、

わびて澄め月詫斎が奈良茶うた 」(芭蕉)

ここのところ、歴史と構造の問題を考えて、構造主義の入門書をひも解いたのですが、その難解さにめげてしまい、また、アメリカ金融破綻のあまりの情けなさに、金融資本主義のたそがれと新たな黎明にはかない期待を胸に、このように侘びているわけです。
資本主義の精神は、マクスウェバー先生によれば、質素倹約、謹厳実直、禁欲労働、前向きな営利追求にあります。
資本主義の本家のような顔をしているアメリカさんは大いに反省し、心を入れ直してほしいものです。

いまふたたびの金融崩壊秋深し
悪逆の限りのはての金融破綻
神よりも拝金金融に鉄槌か
秋深し金融崩壊なんのこと

2008年11月04日14:14

ひた走る日曜日

納得のいく俳句ができない。
そういう時は、原則に戻って季語と17字や切れを厳守するということだが、それでもますます駄句しかできない。
うまく詠おうと思うな、思えば負けよ。
枯れてる訳ではないが、しっくりくる表現や言葉がみつからない。
語彙の貧しさは、私の致命的欠陥だが、俳句歳時記のようなものを見てもどうもピンとこない。現代社会とはむほとんど無縁のしなもの。
あるかないかの淡い表現は、だから何なのか、つまらない。
どうも理屈が多いようだ。理屈では解けない老いの秋。

老いてきて、なお総括できない青春の残り火が、どうしても吹っ切れない。

秋の日を侘び、身を侘び、我がつたなきを侘び、侘ぶと応えんとすれど問う人もなし。なほ侘びわびて、一人ひた走る日曜日に、

詫びて澄め秋日詫び斎がジョッギング
青春の残り火抱えて相模野へ
いかにせんいかにせんとや秋の暮

先頭の車窓に流れる人生
行く秋に社友のトップ逝きにけり
逝きゆきてわが出番か秋深し

2008年10月27日13:53

道楽俳句に

「愛しすぎる女たち」というようなイメージがあったような。
一途に愛する女性たちに対して男たちの腰がひけている、というような内容だったような。
最近、「仕事のし過ぎは身の破滅」というようなフレーズが印象に残っている。会社の仕事なんて、所詮、営利なのだから、いい加減くらいでちょうどいい。仕事に賭けるだなんて言っていたら、裏切られるのがオチだよ。仕事は生活のためと割り切ったほうが、うまくやっていけるよ。
こんなふうにしか感じられない青春は哀しい。青春をこんな風に消耗させる時代がなさけない。
社運と家族の生活を賭けて、なけなしの金で最後の商品開発に取り組む零細企業のオヤジ、こういう生活を賭けた仕事も、人生の醍醐味があっていいものだ。
ああ、それらしても、

下手くそな道楽俳句に秋の風
晩秋境川寝ころびて思うことなし
赤とんぼ見つけてうれしい秋ひとつ
ちょうちょうが紅葉の山を飛んでいった
晩秋やまた放浪の甲州路
秋の日に鬼灯ふたつ相鉄線
物忘れ落ち込む肩に秋の風
情熱が寂しくなりぬ秋の風

2008年10月23日13:27

新しい人

アメリカの金融資本主義も中国の食品も狂っている。
金儲けがすべてに優先するかのような仕事の仕方は、世界の末期症状のようだ。
神なき世に、新しい指針が必要だ。

新しい人出でて示せよ神無月

見上げれば大山山塊鎌倉道
江の島や木の葉返しの野分かな
片瀬海に身をほうらかした秋の暮れ

なぜ生きているのか言葉に出せない
坂道を登りつおもうわれ寂し
どん行に乗る楽しさや日曜日
なぜか男のような女と女のような男と

 

2008年10月09日13:49

アンナ桜

朝、テレビを見ていたら、元気のいい土屋アンナがでていた。
土屋アンナがおいらんをやった「さくらん」が良かったのを思い出した。こういう役がよく似合う。
朝から、元気が出た。
私の好きなキャラかな。
そこで、駄句。

切なくてアンナ桜の狂い咲き

2008年09月18日21:12

ホットパンツの白い足

久しぶりで電車に座れた。
詠みかけの新書を開いて読み始めた。
目の前に、白いもの。ハット見ると、ホットパンツの白い足2本。
見ないことにして、本を読む。どうしても気になって、顔を見上げた。 おっ、好み。 ああ、煩悩凡夫。

乾いた欲情ホットパンツの白い足

悲しき欲情中目黒まで続く白い足

2008年09月06日05:27

ブルーヘブンの夏

今年のブルーヘブンは、元気がない。なぜか成長途中で大病を患ってしまった。今年も生き残ってくれただけでも、よしとするか。

色あせたブルーヘブンの夏の朝
ブルーヘブン今一度の天国を 

アサガオを見るたびに浮かぶ芭蕉先生の句

あさがおに 我は飯食う 男かな

これは芭蕉が深川の草庵でわび住まいしていたころの句。この生活感とアサガオの組み合わせがとてもいい。 この頃の句に、こんなのがある。

詫びてすめ月詫斎(つきわびさい)がなら茶歌

花にうき世我酒白く食黒し

くわのみや花なき蝶の世すて酒

いいでしょう。俳聖芭蕉のやや暗い青春時代でしょうか。
俳句にうるさい人は、この頃の芭蕉の句はダメだという。
生活感を伴った感情ややるせなさがストレートに出すぎているのだそうだ。でも私はそんな芭蕉の句が大好きだ。

2008年08月30日11:46
趣深い西行庵

西行庵

吉野の山の奥、金峰(きんぷ)神社からさらに奥に入ったところに、「西行庵」の跡がある。芭蕉も300年余り前に尋ねた。
私も今年の夏、尋ねてみた。
西行は、「昔より此の山に入りて世を忘れたる人の、多くは詩にのがれ、歌に隠る」、芭蕉好みの人、いや芭蕉が師と仰いだ人だった。
西行は、武士であることを辞め、高野山に入って仏門に入るのかと思うと、伊勢神宮の人たちに和歌を教えたりと、よく分からない生き方をした人のようだ。だが、芭蕉が俳聖なら、西行は歌聖といわれる。
西行庵は、和歌の神様が住んでいた場所ということになる。

西行の歌をいくつか。
世の中を思へばなべて散る花の 我が身をさてもいずちかもせむ
よし野山こずゑの花を見し日より 心は身にもそはずなりにき
吉野山花の散りにしこのもとに とめし心はわれを待つらむ
風になびく富士のけぶりの空に消えて 行方も知らぬわが思ひかな
年たけてまたこゆべしと思いきや 命なりけり小夜の中山
願はくば花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ

歌は、多少ひねくりが多いようにも思うが、西行さんの心象のなんと現代風なことか。900年の前の人とは思われない、現代のかっての青年のようなういういしい感性のように思う。
芭蕉も西行も「枯れている」人のイメージがあるが、その裏に生きているういういしい熱い思いを感じてしまう。

閉じ込めた思いを花に西行庵

2008年08月27日10:06

朝に独唱す歎異抄

朝、独唱する歎異抄。
8条まで諳んじれるようになったが、いまだ意味を解さず。

朝に独唱す歎異抄
独唱100遍いまだ不能
いまだ不明他力本願悪人正機
いいではないか煩悩凡夫自力作善
さては西方浄土輪廻転生

2008年08月18日10:59


右手の庵が西行庵



吉野野宿

今年の夏休みも終わった。
ここ数年、芭蕉の追っかけをやっていいる。夏の時間が取れるときに芭蕉の跡を追いかけて旅をしてきた。
今年は何故か、キャンプをしたくなった。一人旅だから野宿というに近い。長年の思いであった伊良湖崎・伊勢神宮を経由して吉野山に行くこと。
熊野川沿いのキャンプ場では、私の他にキャンプする人は一人もいなかった。食べるものも酒もなしにいきなり一人野宿は、やはりつらかった。

翌日、熊野三山を周り、西熊野街道を延々と北上して吉野の山に着いた。
ここの吉野のキャンプは温泉あり食堂ありでなんとか人心地がついたが、それからが大変だった。夕方になって雷雲に襲われた。頭上での雷鳴と土砂降りの中、小さなテントで耐えていた。そのうちテントの継ぎ目から雨が染み出し5cmほど溜まってしまい、なにもなもが水浸し、テントの内も外も同じような状態になってしまった。
とうとうたまらず管理人の小屋に逃げ込んでしまった。
周りのキャンプの人たちは、テントを捨てて車に逃げ込んでいた。管理人のだんなはびしょ濡れになりながらもケアに走り回っていた。
怯える奥さんに、「まあ、だいじょうぶですよ」とか根拠のないいいかげんなことを言いながら、一人やけ酒を呑んで居直るしかない私でした。
翌朝、早めにびしょ濡れのキャンプを引き払い、目指す吉野山の「西行庵」をたずねた。会心の写真が撮れたのでアップした。

吉野の山では、山道でターンしようとしてバイクを倒してしまった。そこは落ち着いてなんなく立ち上げようとしたが、やや坂になっている下の方からの引き起こしのためびくともしない、起こし方を工夫しながらいろいろ試すがどうもうまくいかない。さすがにあせって、こんなことではバイク乗りはできない自分に言い聞かせ、捨て身の力業でなんとか立ち起こした。だが、そのとき腰のあたりを悪くしたような気がした。その後1週間腰が重い。
もっと身体を鍛えなければという思いと、もう年だからという諦めの思いとが相克している。
今回の吉野の旅は、次のサイトでアップしている。
http://www.intweb.co.jp/basyou_nozarasi/nozarasi02.htm
鷹ひとつみつけてうれしいらこ崎  ばせを
行く秋も伊良古を去らぬ鴎なか   杜国
春ながら名古屋にも似ぬ空の色   杜国
うつせみの命を惜しみ浪にぬれ 伊良虞の島の玉藻刈(たまもか)り食(お)す 万葉集
つゆとくとくうき世すすがばや   ばせを

五十八歳熊野キャンプの夏休み
山の端の月の雲みて夜もすがら
ゆきゆきて走り抜けたり熊野道
また青春吉野野宿の夏休み
夏紅葉いいあんばいの西行庵
吉野山なに世をはかなむか西行庵
今日もまた青春ぶりっこバイク乗り
くたびれて起こせぬバイク山で泣く
死にもせず旅路の果ての関越道

2008年08月01日13:35

ホラー映画の夏の朝

いつものように家を出た。
いつもの時間と道なのになぜかいつもの人通りがない。
街はなぎをうったように静かだった。
何か異郷に踏み込んだなうな、そんな雰囲気を楽しんだ。

夏の朝なぜか静かな街を楽しむ
夕凪の街を過ぎ行く夏の朝
人がいないホラー映画の夏の朝
階段昇るなスカート押さえる女子高生

子どもたちは夏休み、大人たちも夏季休暇か。
ガソリンは高く、食料品も軒並み値上っている。
大人も子どもも、床の中でクーラーを聞かせて、夏の静かな朝を楽しんでいるのだろうか。

2008年07月25日14:07

芭蕉の心

芭蕉は「笈の小文」の中で、渥美半島の伊良湖に流された弟子の杜国を尋ねる。
杜国は名古屋の米屋の若旦那だったが、米の売買にからんで運悪くつかまって伊良湖に流されてしまう。
杜国は、若く美形で俳諧の才能もあった。
芭蕉は、才能ある美青年を愛した。

よし野にて桜見せうぞ檜(ひ)の木笠
蛸壺(たこつぼ)やはかなき夢を夏の月
花の陰謡(うたひ)に似たる旅ねかな
日は花に暮れてさびしやあすなろう
草臥れて宿かる頃や藤の花

今年の夏、伊良湖から鳥羽にわたり、伊勢神宮を詣り、熊野を経由して吉野の山に入ってみようと思っている。
「先人の跡を追わず、その求めたるところを求めよ」と芭蕉はいっている。芭蕉の心にふれることができるかどうか。

わびさびの芭蕉の心と生きる力

 

2008年07月15日13:23

ハイヒールの足

出勤の途中でいつもすれ違うおばさんがいる。
暑い中、ご苦労さまです。
若い子がハイヒールの高い音を響かせて走りながら、私を追い抜いていく。この子も時々、私を追い抜いていくが、いつも決まって駅の階段のあたりか改札あたりで私に並ばれてしまう。そんなふうに、今日も時間が過ぎて、

ハイヒールの足音空に夏が来た
演歌でも心に染みる朝がある
谺(こだま)して山ほととぎすほしいまま  久女
黄塵(こうじん)を仇のように払いおり   まどか


2008年07月09日13:04

背広出勤

ひさしぶりで人と合うので背広を着た。

ひさかたの背広出勤やや違和感
ともかくもネクタイ外して落ち着いた

2008年06月14日23:07

枯れ紫陽花

開成町にアジサイを見に行った。
過去2年続けて、開成町のアジサイは不作だったので残念に思っていた。今年は、往年ほどではないが、だいぶアジサイに色がついてきた。ビール片手に、コロッケを食べた。なぜか楽しい。

だが、相変わらず、駄作しか出てこない。
まだまだ修行がたりない。

紫陽花の思い出ばかりは切なくて

どこかで聞いたたことがあるような。

ちりぢりの心模様は紫陽花
しみじみと思い出残しの枯れ紫陽花

2008年06月13日13:49

ホコテン続けて

秋葉原の事件は、悲しい。
どうしてこんな人が出てきてしまうのか、25歳にもなって。
社会が悪い? 親が悪い? 派遣が悪い?
当の本人が一番悪い。責められるべきは本人。
いったい人生勉強何をしてきたのか。
もっともっと逆境のなかでも一生懸命生きている人はたくさんいる。荒川沖や池田小の事件と同質の人間が生まれているのだろうか。
そういう人間に負けるわけにはいかない。

ホコテンをやめるな秋葉立ち上がれ
ホコテンを続ける秋葉に鎮魂歌


2008年06月08日14:46

赤ん坊の笑みに

戦国連歌師という商売は、なにしろ戦国時代のことだから、連歌をやるのも命がけ。ほとんど戦場での余興として連歌をやっているようなもの。
それに比べると、現代のただなんとなく句をつくっているような私のレベルでは、ふやけたようないい加減な句しかできない。
これも状況のなせることか。

日曜日、午後に出勤した。
駅に向かう途中、ふと見上げると屋根の上で猫があくびをしている。
なんか、猫にも見下げられたような気がした。

屋根の上寝そべる猫のニヤ笑い

ああ、やはり日曜出勤なんてするものではないなあ。

中国系の夫婦が乳母車を押して電車に乗り込んできた。
乳母車の赤ん坊と眼があった。
愛くるしい笑顔をみていたら、なぜかウルッときてしまった。
こんなふうに人生は過ぎていってしまうのか。

赤ん坊の笑みああ過ぎ行く私の人生


2008年05月30日13:54

戦国連歌師

「戦国連歌師」というような講談社庫本が眼に止まったので買ってみた。戦国時代を生き抜く連歌師というような商売の人達がいたようだ。
各地にひいきにしてくれる旦那がたがいて、座敷に呼ばれて句会を開いていた。食事やお酒をいただいて、何がしかの謝金もいただいていた。
句会の席で呼んだ客人を暗殺するとか、他国の事情を内密に話したりだとか、他国の殿様にお願い事を頼まれたりだとか、国どうしの殺し合いの間をかいくぐって句会を開くだとか、乞食や死人に囲まれながらどうどうと風狂を演じるだとか、念仏踊りの女芸人にあわれな恋心をいだくだとか。
戦国時代の放浪の旅芸人といったところか。まっ、連歌師は並の商売ではない。
どこで殺されるかもしれない、野垂れ死にするかもしれない、命がけの全国行脚といったところ。

行き行きてたふれ伏すとも萩の原
野ざらしを心に風のしむ身かな

などの芭蕉の句は、旅に出るときの心意気だけでなく、俳諧師を生き抜く芭蕉の本心だったのだろう。
やはり、死と隣り合わせの放浪は、詩人の魂だったのですね。
戦国の放浪詩人ってかっこいいのかな。そういう生き方しかなかったということなのかな。
現代の、放浪詩人っていう話はほとんど聞かない。
そんな生き方をしたのは種田山頭火くらいか。
あこがれのようなものも感ずるが、やはり、私にはそんな生き方はできない。ただ、彼らの言語芸術にかける生き方のすさまじさは、現代人に人の生き方を問うてくる。


2008年05月23日13:38

手をつなぐ 高校生2人に

ここのところ俳句が少ない。
駄句の書き散らしに飽きたのか。

小さな公園のけやきの木がある。
都会にもけやき若葉の春の色
なぜか、
人の世のはかなさ軽さハナミズキ

家の近くに、高校がある。通勤の途中で、ああいいなあ。
手をつなぐ高校生2人に春の雨

また月曜日がやってきた。
アンニュイを楽しむアンニュイ月曜日


2008年04月14日14:17

いやーな感じ

最近、いやな感じのでき事が多い。
青年の無差別殺人や親が子を、子が親を。
チベット問題とオリンピック。中国だってオリンピックは、政治・経済・人権問題などを当然に引きずっていることは承知しているはず。もっとうまく対応すべきだろう。
「毒入りギョーザ」事件も中国としては解決しようという気はないようだ。
「靖国」もいゃーな感じ。著作権や肖像権などを盾に上映中止やカットを申し込んだりしていると、表現の自由に公共の利益とは別の大きな制約が課せられることになる。
派兵反対のビラ投函の問題もいゃーな感じ。気分を害する人がいるからなんていっていると、ほとんどの表現活動が公共の利益という名のもとに、国家により任意に制限を受けることになってしまう。最高裁さん、こんな判決を出していていいんですか。憲法の番人がつとまるんですか。なんか対応がマズいんじゃない。
mixiでてれてれプログを書くのも、当然表現活動の一種。抑えようとすればどんな理由をつけてでも押さえつけられる。
日本はいろんな意見を自由に言えるからいい国なのに、中国がチベット問題を国内問題として批判を押さえ込んでしまうやり方と、なーんか似ているようで、いやーな感じ。
誰が、気に入らない表現は押さえようとしているのか。誰が、個人の自由や権利よりも国家の利益を優先させようとしているのか。
よーく見ていよう。

こんなことが続いていると俳句も出てこない。


2008年04月11日06:06

手帳も散らした

最近、使い慣れていた手帳を失くした。
とうとう出てこない。
ここまで極まったか。

新しい手帳を買った。
古い手帳に書き込んであった、私の駄句の数々は、帰ってこない。
それではやはり哀しい。

桜散り手帳も散らしたボケの春

2008年03月25日23:21

イカの哲学

芭蕉は「俳諧は三尺の童にさせよ、初心の句こそたのもしけれ」とたびたびいっていたそうだ。うまく詠おうという「巧者の病」にかかってはいけないという。
しかし、芭蕉の「風雅の誠」を極めるような俳諧の道は遠く険しい。
「勝つと思うな、思えば負けよ」というような歌があった。

ただ、楽しむこと。
無心に楽しむこと。
私は、俳句を楽しんでいるのか。
うまい句を作ろうと思ってはいないか。
たかだか、俳句ではないか、道楽だよ、楽しめばよいではないか。
それにしても、いい句ができないと、楽しくないのはどうしてだろう。
やはり修行がたりないか。
うまい句、へたな句、いい句、悪い句、関係なしに楽しめばよいではないか。

「イカの哲学」(波多野一郎)を中沢新一さんがまとめた新書を読んだ。
人間はイカにはなれないが、イカのようなものだと思う。
自然との和解、生命あるものの実存への共感だと思った。
人間の深いところでの、最もシンプルな原理。
人間は自然の一部である。人間は類的な存在である。
生けるものの実存への共感と敬意。
そんな気持ちでイカを見れたら、自然と親しめたら。

梅の花我が足りなさとにらめっこ

2008年03月15日23:48

黒根岩風呂

天気に誘われて、河津の桜を見に行った。
桜は、もう終わっていた。
「さくらまんじゅう」を食べた。
おいしくもなんともなかった。
帰りに、北川温泉の黒根岩風呂に入ってきた。

アメリカが見えたというらし黒根岩風呂
人生を語る裸の青年2人に波の音
黒根岩風呂情趣はないが春の海
海に問う進むしかない修羅の途

2008年03月13日13:16

いつか北海道バイク旅へ

息子は、去年、就職し、今は地方の支店にいる。
息子といっしょに北海道をバイク旅するのが夢だった。バイクは買ってやるから免許とれよ、教えてヤルから、といっていた。息子もいちおうそのつもりだった。
何度か、行こうね、と念を押した。
息子は女房の顔をちらちら見ている。
とうとう女房が口を開いた。
「あのねぇあーた。バイクなんか乗って、万一事故を起こしたらどうするの。ちった、ものを考えていってよ。」
「万一って、じゃあオレはどうなるの、万一があってもいいの。」
「あーたは、もういいのよ。」
息子に「ダメよ。何いってるの。」

ということで、息子と2人で北海道を野宿しながらバイク旅する夢は、消えてしまった。

で、一人でバイクを楽しんでいる。
かっていっしよにバイクで遊んだ仲間は、とうにリストラされてしまった。

バイクに乗っていれば、ある程度は「命」を考える。万一のときはしょうがないと思っている。息子に万一があってもいい訳ではないが、男の道具としてバイクの味もいいものだ。人の生死と、自分の意志や感情の制御の仕方が学べる。息子がそれを体験しておくのも悪くはないと思う。
自分のせいや他人のせいで事故るかもしれない、それも人生、そういう運命だったのだとあきらめるしかない。
バイクに乗っても、生き抜き、生き残っていくすべを学んでほしかった、とオヤジとしては思うのだ。
息子が大人になり、オヤジが北海道バイク旅に行こうといっていたことを思い出し、いつか、「オヤジ、行こうか」と声をかけてくれるだろうか。

この春は嫁ぐ娘と花見酒

 

2008年03月12日14:10

バイク乗り

バイクはコンピュータに似ている。
メカが好きな人と、それがもたらしてくれる世界が好きな人や仕事(移動)の手段と考える人だ。
そして多いのが、その両方という人だ。
バイク乗りの多くの人が、「風になる」という表現を使う。
こういう表現も悪くないが、実際には私がそうであるように「流れる風景の中で思いにふける」という感じが多いのではないか。
それを人は「あっちの世界にいく」といったり、「いってる」や「入っている」といったり、運転センスがよければ「のれてる」などと表現する。この非日常性がよいのだろう。どう乗るかは自由。
メカと一体になって風になる感覚、死ぬこともできるほどの自由感。これがたまらない。

風になるのを嫌がり、陽だまりのぬくもりと平穏・安定を求めるようになったら、ライダーももうおしまいだ。
わたしも、それに近づいているのだろうか。

芭蕉はかっこよく「旅人と我が名呼ばれん初時雨」とよんだ。
バイク乗りと我が名呼ばれん梅の花
ヘルメットとればやっぱりハゲ頭

おそまつ。

2008年03月11日13:51

薩摩紅

先週の土日、よい天気でした。
久々にバイクに乗ろうか、梅見にしようか。
もう少し若ければ、当然バイクだった。
しかし、哀しいかな、梅見の選択になってしまう。
風になることを止めて、陽だまりでの梅見酒。

若き日の思いは熱く薩摩紅
思い出は大輪緑顎苦き日々
久々に息子と語る梅見酒

2008年03月10日13:49

堕落も極まる

仕事にかまけてアップできなかったので、いくつかまとめてみました。

疲れ寝て起きて寝られぬ年の暮れ
年明けてこれでよいのか我がしごと
二俣に夢はかなくわび住まい
残雪や我が心に白きもの残れり
霜柱さがして踏んだ幼き日

こんな句をよんでいてはいけないと、元気を出してみた。

この冬はカバン心地よくたすき掛け

だが、やはり何かぬけている。

検診を忘れて嘆く老いの春

会社の帰りに、ジョッギングしてくる若い2人の外人女性にあった。なぜかうれしくなって、口笛と拍手をしてしまった。
私は、いったい何を考えているのだろう。

ひな祭り堕落も極まる春の宵

家で女房が植木に水をやり肥料をやっている。
女房が私の食事を出す手つきは、ほとんどゴムの木に水をやる手つきと変わりがない。

水やって肥料をやってそれ喰う我はゴムの木か

失礼しました。

2008年01月23日10:46

雪見酒

いつになったら思いがとげられるのか。
悲しき会社人。
朝起きて、風邪ぎみの身体にムチ打って。

雪の朝会社さぼってひとり酒
ありたきもの会社さぼさって雪見酒

 

2008年01月18日13:54

俳諧は気だ

やはり芭蕉先生は、俳諧を楽しんでしたのでしょうか。それとも苦しんでいたのでしょうか。
そりゃあ、あなた。楽しいときばかりでなく、当然、苦しんだときもあるよ。
所詮は遊びだとは思いながらも、この一筋、これで生きようとすれば苦しくもなる。「風雅の誠」とはいってみたものの、俳諧にとって、風雅の誠って何。生活はしなくてはならないが、生活のためには俳諧は売らない。芭蕉が深川で苦しんでいた問題も、生活と芸術といった課題になるのではないか。芸術とはいってはみたが、俳諧にとって芸術とは何か。芭蕉の悩みは尽きない。
深川の草庵で、芭蕉はこんな句をよんでいる。

櫓の声波をうってはらわたこおる夜や涙
芭蕉野分して盥(たらい)に雨を聞く夜哉
詫(わ)びてすめ月侘斎(つきわびさい)が奈良茶歌(ならちゃうた)
世にふるも更に宗祇(そうぎ)のやどり哉
あさがほに我は食くふおとこ哉

芭蕉のうめき声が聞こえてくるようだ。

芭蕉は、「俳諧は気だ」というようなことを言っている。
気を入れる場合と放つ場合があるという。
俳句をつくるには「気」をいれないとダメなようだ。
「気合」だけではタメなようだ。どんな「気」を入れればよいまだろう。俳句の道の奥は深い。

2008年01月15日13:51

三更月下無何に入る

昨夜、芭蕉が出てくる夢を見た。
4時頃目が覚めて、何なのだろうと考えたが、また寝た。
7時に起きたら、昨夜みた夢に芭蕉が出てきた記憶があるものの何の話だったかさっぱり思い出せなかった。
芭蕉の「なぞ」をかけられ、それを真剣に解こうとしているような内容だった。

ここのところ、深川隠棲時代の芭蕉がどうして「野ざらし紀行」の旅に出たのかを考えていた。

「千里に旅立ちて、道粮(みちかて)をつつまず、三更月下無何(さんこうげっかむか)に入ると云いけむ、むかしの人の杖にすがりて、貞亨甲子(ていきょうきのえね)秋八月江上の破屋をいずる程、風の声そぞろ寒気也。
野ざらしを心に風のしむ身哉」

これが「野ざらし紀行」の書き出しの文。
「三更月下無何に入る」ということが何を指すのかさっぱりわからない。「太平無事の趣をのべたもの」らしい。
「これから千里の旅に出ようとしているが、路賃はほとんど持っていない。まっ、なんとかなるか。夜更け月の下、無何に入るといった古人の求めたるところを求める旅。いざ江上の破屋を出たが、野ざらしの心には、やはり秋風は冷たい。」といった意味でいいのだろうか。
芭蕉は中国の古典(漢詩文)に造詣が深いから、芭蕉の表現を理解するためには漢詩文の素養が入る。
残念なことに、私は漢詩文に興味がない。これでは芭蕉が理解できない。いやそれよりも、そもそも自分の俳句のセンスのなさを嘆くのが先だろう。


2008年01月09日13:29

深川遁世の精神

電車から見る新年の街いかに
相変わらず、句境の変化は少ない。
我が風狂精神の乏しきをなく

ああ、いつの時代でも時代は青年たちに厳しい。
時代は青年たちにいつも閉じている。
だから、時代に新しい窓を作り、こじ開けていかねばならない。
新年のテレビを見ながら、閉塞した時代をいっそう感じてしまった。

頭に毛なく、口には歯なし。
才知に乏しく、懐も寂しい。

なしなしを尽くして新年まるまるに

人間まるいといえども志あり。
芭蕉の深川遁世の精神をいま一度。

photo by miura 2008.12   
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