天和元年12月、1681年、芭蕉38歳。

深川の草案に越してきたばかりの頃の芭蕉の心境か。
侘びと貧寒。俳諧の道への精進の覚悟。
遠くに雪をいただいた富士を望み、近くには多くの舟が行き交う。月を見ようと酒樽を出すが空っぽ、蒲団をかぶって寝ようとするが、ふすまからの風が吹き入り寒くて寝られない。
隅田川を漕ぎ行く船の櫓の音が波の上を伝わってくる。寒夜の草庵で独りその音に耳を澄ましていると、腸も凍るような悲寥の感に襲われ、不覚にも涙を落としてしまう。

「寒夜の辞」

深川三またの辺りに草庵を詫びて、遠くは士峯(しほう)の雪をのぞみ、ちかくは万里の船をうかぶ。あさぼらけ漕行く船のあとのしら波に、蘆(あし)の枯葉の夢とふく風もやや暮過るほど、月に座しては空しき樽(たる)をかこち、枕によりては薄きふすまを愁ふ。

 櫓(ろ)の声(こえ)波を打って腸(はらわた)氷る夜や涙
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