1.2009年全国学力・学習状況調査について
2.学力調査の実施要領について
3.40年ぶりの全国学力調査
4.2009年 全国学力・学習状況調査の概要より
5.2009年の結果からみた学力格差
6.学校間格差の問題
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1.2009年全国学力・学習状況調査について
2007年(平成19年)より2009年(平成21年)までの3か年にわたっておこなわれた。2009年度の調査結果について文科省のHPにある「全国学力・学習状況調査の概要」から抜粋してレポートする。
<調査の目的>
○ 国が全国的な義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から各地域における児童生徒の学力や学習状況をきめ細かく把握・分析することにより、教育及び教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る。
○ 各教育委員会、学校等が全国的な状況との関係において自らの教育及び教育施策の成果と課題を把握し、その改善を図るとともに、そのような取組を通じて、教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する。
○ 各学校が各児童生徒の学力や学習状況を把握し、児童生徒への教育指導や学習状況の改善等に役立てる。
<対象学年>
○ 小学校第6学年、中学校第3学年の原則として全児童生徒を対象
平成21年度全国学力・学習状況調査を平成21年4月21日(火曜日)に実施
小学6年と中学3年の計約234万5000人が参加
<実施教科>
○ 教科に関する調査(国語、算数・数学)
・ 主として「知識」に関する調査
・ 主として「活用」に関する調査
○ 生活習慣や学習環境等に関する質問紙調査
・ 児童生徒に対する調査
・ 学校に対する調査
<調査の特徴>
○ 国語、算数(数学)について、それぞれ、主として「知識」に関する問題と、主として「活用」に関する問題を出題する(なお、記述式の問題も一定割合で導入)
○ 学力の状況のみならず、生活習慣や学習環境等に関する質問紙調査を実施し、学力とその相関関係等を分析する
○ 教育委員会、学校等に対して、それぞれの役割と責任に応じ、教育施策や教育活動の改善に必要な調査結果の資料を提供する
○ 学力や学習環境等の状況をきめ細かく把握し、教育施策や指導の改善につなげるための調査であり、序列化や過度の競争をあおるものではない
○ 調査の効率的な実施や教育委員会及び学校の負担軽減の観点から、調査事業の一部を民間機関に委託して行う
(初等中等教育局学力調査室)
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2.学力調査の実施要領について
「調査結果の取扱い」の中で次のように指示している。
(1)調査結果の示し方
小学校調査及び中学校調査のそれぞれについて,以下の事項等を示す。
ア 教科に関する調査の結果について,国語,算数・数学のそれぞれ,主として「知識」に関する問題と,主として「活用」に関する問題に分けた四つの区分ごとの平均正答数,平均正答率,中央値,標準偏差等
イ 都道府県・市町村・学校・児童生徒の学力に関する分布の形状等が分かるグラフ
ウ 各教科の設問ごとの正答率等
(2)調査結果の提供
各教育委員会,学校等並びに児童生徒に対する調査結果の提供は,以下のとおりとする。
ア 文部科学省は,本調査の目的の達成に資するため,各教育委員会,学校等に対して,以下の事項等の調査結果を提供する。
(ア)都道府県教育委員会に対しては,その設置管理する各学校の状況に関する調査結果,当該都道府県における公立学校全体の状況,域内の各市町村における公立学校全体の状況及び市町村が設置する各学校全体の状況に関する調査結果
(イ)市町村教育委員会に対しては,当該市町村における公立学校全体の状況及びその設置管理する各学校の状況に関する調査結果
(ウ)学校に対しては,当該学校全体の状況,各学級及び各児童生徒に関する調査結果
(エ)その他,本調査の目的の達成に資する調査結果
イ 学校は,各児童生徒に対して,当該児童生徒にかかる調査結果を提供する。
(3)調査結果の公表
文部科学省は,本調査の目的を踏まえ,以下の事項等について調査結果を公表する。
ア 国全体の状況及び国・公・私立学校別の状況
イ 都道府県ごとの公立学校全体の状況
ウ 地域の規模等に応じたまとまり(大都市(政令指定都市及び東京23区),中核市,その他の市及び町村並びにへき地)における公立学校全体の状況
エ その他,本調査の目的の達成に資する分析結果
(4)調査結果の活用
各教育委員会,学校等並びに文部科学省においては,本調査の目的を達成するため,以下のような調査結果を活用した取組に努めることとする。
ア 各教育委員会,学校等においては,多面的な分析を行い,自らの教育及び教育施策の成果と課題を把握・検証し,保護者や地域住民の理解と協力のもとに適切に連携を図りながら,教育及び教育施策の改善に取り組むこと。
イ 各学校においては,調査結果を踏まえ,各児童生徒の全般的な学習状況の改善等に努めるとともに,自らの教育指導等の改善に向けて取り組むこと。
ウ 各教育委員会においては,調査結果を踏まえ,それぞれの役割と責任に応じて,学校における取組等に対して必要な支援等を行うなど,域内の教育及び教育施策の改善に向けた取組を進めること。
エ 文部科学省においては,児童生徒の学力や学習状況をきめ細かく把握・分析することにより,教育及び教育施策の成果と課題を検証し,その改善に取り組むこと。また,各教育委員会,学校等における取組に対して必要な支援等を行うなど,教育及び教育施策の改善に向けた全国的な取組を進めること。
(5)調査結果の取扱いに関する配慮事項
調査結果については,本調査の目的を達成するため,自らの教育及び教育施策の改善,各児童生徒の全般的な学習状況の改善等につなげることが重要であることに留意し,適切に取り扱うものとする。その際,本調査により測定できるのは学力の特定の一部分であること,学校における教育活動の一側面に過ぎないことなどを踏まえるとともに,序列化や過度な競争につながらないよう十分配慮する。具体的に配慮すべき点は,以下のとおりとする。
ア 都道府県教育委員会は,本調査の実施主体が国であることや,市町村が基本的な参加主体であることなどにかんがみて,域内の市町村及び学校の状況について個々の市町村名・学校名を明らかにした公表は行わないこと。
なお,例えば,教育事務所単位で調査結果を公表するなど個々の市町村名・学校名が明らかとならない方法で公表することは可能であること。
イ 市町村教育委員会が,保護者や地域住民に対して説明責任を果たすため,当該市町村における公立学校全体の結果を公表することについては,それぞれの判断にゆだねること。ただし,市町村教育委員会は,域内の学校の状況について個々の学校名を明らかにした公表は行わないこと。
ウ 学校が,保護者や地域住民に対して説明責任を果たすため,自校の結果を公表することについては,それぞれの判断にゆだねること。
エ 調査結果の公表にあたっては,本調査の目的や,調査結果が学力の特定の一部分であることなどを明示すること。また,学校の教育活動の取組の状況や調査結果の分析を踏まえた今後の改善方策等を併せて示すなど,序列化につながらない取組が必要と考えられること。
さらに,数値の公表にあたっては,それにより示される調査結果についての読み取り方を併せて示すこと。
オ 各教育委員会が独自に実施する学力調査の公表の取扱いについては,もとよりそれぞれの各教育委員会の判断にゆだねられること。
9.留意事項
(2)個人情報の保護
ア 文部科学省及び文部科学省が委託した民間機関は,解答用紙について,児童生徒の氏名を取得しない形式を用いること。
イ 各教育委員会,学校等においては,調査に関して知り得た個人情報について,それぞれが遵守すべき個人情報保護関係法令又は地方公共団体の定める条例に基づき,適切に取り扱うこと。
**************************************************************
調査結果については、次のような資料が各教育委員会のレベルと学校に対して提供されることがわかる。
「(ア)都道府県教育委員会に対しては,その設置管理する各学校の状況に関する調査結果,当該都道府県における公立学校全体の状況,域内の各市町村における公立学校全体の状況及び市町村が設置する各学校全体の状況に関する調査結果
(イ)市町村教育委員会に対しては,当該市町村における公立学校全体の状況及びその設置管理する各学校の状況に関する調査結果
(ウ)学校に対しては,当該学校全体の状況,各学級及び各児童生徒に関する調査結果 」
結果の公表については、文科省は次の資料を公開することになっている。
「ア国全体の状況及び国・公・私立学校別の状況
イ都道府県ごとの公立学校全体の状況
ウ地域の規模等に応じたまとまり(大都市(政令指定都市及び東京23区),中核市,その他の市及び町村並びにへき地)における公立学校全体の状況
エその他,本調査の目的の達成に資する分析結果」
ただし、都道府県教育委員会については、「個々の市町村名・学校名を明らかにした公表は行わないこと」となっている。
市町村教育委員会については、「保護者や地域住民に対して説明責任を果たすため,当該市町村における公立学校全体の結果を公表することについては,それぞれの判断にゆだねること。ただし,市町村教育委員会は,域内の学校の状況について個々の学校名を明らかにした公表は行わないこと。」
学校については、「学校が,保護者や地域住民に対して説明責任を果たすため,自校の結果を公表することについては,それぞれの判断にゆだねること。」
結果の公表については、「序列化や過度な競争につながらないよう十分配慮する。」となっている。
ただし、例えばとして「市町村名・学校名が明らかとならない方法で公表することは可能である」 としている。
都道府県の教育委員会は、「個々の市町村名・学校名を明らかにした公表は行わないこと」となっているが、いくつかの県では公表している。
秋田県は全市町村名を明示して公表し、大阪府は自主的に公表した市町村の成績一覧を開示、埼玉県は市町村名を隠して開示した。また、鳥取県は開示できるよう情報公開条例を改正。
「文科省は実施要領で都道府県による公表を「序列化につながる」として認めていない。塩谷立文部科学相は17日の会見で、実施要領の順守を求める一方、「仮に公表がそれなりの結果を生めば、一つの事実として受け止めていかなければならない」とも述べ、“軟化”をうかがわせている。」という報道もある。
学校名の公表はともかくとして、県下の市町村名の公表は適度な競争意識や公開効果により学力向上効果が期待でき、教育委員会に対しても有効な教育施策をせまることになる。受験競争や過度の学力向上競争にならない配慮をしたうえでの公開は、それなりの効果はあるし、悉皆調査の意義も実感できるというものではないか。
内発的な学習動機づけが望ましいことはいうまでもないが 、外的な競争意識による動機づけも、立派な学習動機づけとなり得る。一概に否定すべきものではないだろう。
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3.40年ぶりの全国学力調査
「全国学力テスト」(岩波ブックレット 志水宏吉著 2009年1月に発行) により、学力調査の意義をまとめてみた。
平成 19 年 4 月文部科学省により「全国学力・学習状況調査」(以下、「全国学力調査」という。)が実施され、3 回目の調査が平成 21
年 4 月 21日に行われた。全国学力調査は、小・中学校合わせて 220 万人を超える児童生徒が参加し、約60 億円の経費を要する大規模調査である。こうした全数的な調査の実施は約40
年ぶりになる。
本書は2007年、2008年の2度の全国学力テストの結果を踏まえ、その「功罪を問う」という構成になっている。
まず、40年前に実施されていた学力調査と比較し興味深い比較を行っている。
昭和31年1956年文部省による全国一斉学力調査はどうであったか。
「学力低下論」を背景にして実施され、1956年から1966年までの11年間続き、日教組の「学テ闘争」により終わった。
報告書序文は次のようになっている。
「 最近、各方面で学力問題が論議されており、これが低下を論ずる向きがあるとともに、他面、学力は向上してきていると論ずる側もあるが、この論拠は必ずしも科学的な資料に基づいて行われているわけではない。・・・
そこでわれわれは、この問題解決のため一つの資料を与えるとともに、直接行政的に、学習指導要領その他教育条件の整備・改善に寄与しようという目的で、国語・数学の二科目についての全国的な学力調査を実施しようとしたのである。・・・」
この調査では次の三点が目指されていた。
@両教科の内容をできるだけ広い領域にわたって調査する。例えば、国語であれば「語彙」「表現」「読解」、数学であれば「計算」「計量」「割合」「統計」など多領域にわたって出題すること。
A両教科における学力をできるだけ広い意味でとらえる。すなわち、単なる「読み」「書き」「計算」などの知識技能にとどまらず、「推理力」「問題解決力」「応用力」等も見ること。
B教育条件の違いによる学力の差異を考察すること。すなわち、結果を「学校規模」「地域類型」等に分けて把握すること。
50年以上前に実施された調査であるが、今回の調査と驚くほど共通点が多い。
日教組の「学テ闘争」により終わったが、志水教授は「11年間のうちにテストの社会的な位置づけが変わり、その歴史的使命を終えることになったと総括」できるとしている。
その後40年もの間、幸か不幸か全国規模でのテストはおこなわれてこなかった。その必要がなかったからだとも言える。
「端的に言うなら、少なくとも学力形成という点に関して、日本の教育がうまく機能していたために、学力テストは、1970年代から90年代にかけての教育界の争点とはならなかった」(志水宏吉)としている。
1959年調査 地域類型別に見た平均点(中学校)
「全国学力調査報告書 昭和34年」文部省 1960年
国語
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数学
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順位
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地域類型 |
平均点
|
|
順位
|
地域類型 |
平均点
|
1
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住宅地域 |
66.7
|
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1
|
住宅地域 |
55.1
|
2
|
商工業地域 |
64.8
|
|
2
|
商工業地域 |
49.5
|
3
|
商業地域 |
63.6
|
|
3
|
商業地域 |
49.0
|
4
|
市街地域 |
63.0
|
|
4
|
市街地域 |
48.3
|
5
|
工(鉱)業地域 |
62.3
|
|
5
|
工(鉱)業地域 |
39.7
|
6
|
鉱業地域 |
59.2
|
|
6
|
鉱業地域 |
38.4
|
7
|
農業地域 |
55.0
|
|
7
|
農業地域 |
38.1
|
8
|
山村地域 |
53.4
|
|
8
|
山村地域 |
34.8
|
9
|
漁業地域 |
52.1
|
|
9
|
漁業地域 |
32.0
|
|
全国 |
60.3
|
|
|
全国 |
44.4
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この調査結果を見ると「地域間格差」が著しいことがわかる。都市部と農山漁業地域との格差がはっきりと表れている。
2008年調査 地域類型別に見た平均点(中学校)
「平成20年度全国学力・学習状況調査 中学校調査結果概要」文科省・国立教育政策研究所 2008年
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国語A
|
国語B
|
数学A
|
数学B
|
|
生徒数
|
平均
正答率(%)
|
標準
偏差
|
生徒数
|
平均正答率(%)
|
標準偏差
|
生徒数
|
平均正答率(%)
|
標準偏差
|
生徒数
|
平均正答率(%)
|
標準偏差
|
大都市 |
215,334人
|
73.6 |
6.0 |
215,457人
|
61.3 |
2.6 |
215,520人
|
63.5 |
9.2 |
215,555人
|
49.6 |
3.8
|
中核市 |
135,636人
|
74.0 |
5.8 |
135,730人
|
60.8 |
2.5 |
135,731人
|
64.1 |
9.1 |
135,778人
|
49.8 |
3.8
|
その他の市 |
554,064人
|
73.5 |
5.7 |
554,143人
|
60.6 |
2.5 |
554,249人
|
62.8 |
9.0 |
554,263人
|
48.9 |
3.7
|
町村 |
119,545人
|
73.4 |
5.6 |
119,555人
|
60.3 |
2.5 |
119,551人
|
61.8 |
8.9 |
119,562人
|
48.3 |
3.6
|
へき地 |
27,000人
|
73.1 |
5.4 |
26,995人
|
59.4 |
2.4 |
26,980人
|
59.6 |
8.7 |
26,976人
|
46.6 |
3.5
|
全国(公立) |
1,029,961人
|
73.6 |
5.8 |
1,030,260人
|
60.8 |
2.5 |
1,030,425人
|
63.1 |
9.0 |
1,030,521人
|
49.2 |
3.7
|
地域のカテゴリーが違うため単純な比較はできないが、「地域間格差」はほとんど感じられないまでに縮小している。「へき地」の数字がやや低く、地域の文化度や所得などが関係していることが見て取れるが、日本全体としてみると、「へき地」といえども学力レベルにおいてほとんど差がないことにむしろ驚かされる。この40年間で日本の教育はうまく機能し地域類型による学力差をほとんど解消することに成功しているといえるのではないか。
それが2007年度から、再度実施することになったがそれには訳がある。
1999年頃から「学力低下論争」がおこり、「学力格差」の問題もクローズアップされるようになった。
とりわけインパクトがあったのは、2003年に実施されたPISAの学力調査の結果だった。PISAの学力調査はOECD(経済協力開発機構)が行なっている国際比較のテストで、2000年実施の第一回テストではトップクラスにあった日本が第二回テストでは、「読解力」の順位が大きく落ち、「数学リテラシー」「科学リテラシー」の結果も低下していた。
過去の学力テストは「戦後教育の水準の確認」という国内的理由からだったが、2007年の今回のテストではPISAの「国際テスト」の結果という外圧を背景にしている。
「かってのものが「教育の質の保障」という公正原理に主しとてもとづいているのに対して、今回のものは「学力水準の向上」という卓越性原理に主として依拠している」。(志水宏吉)
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4.2009年 全国学力・学習状況調査の概要より
<調査の目的>
○ 国が全国的な義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から各地域における児童生徒の学力や学習状況をきめ細かく把握・分析することにより、教育及び教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る。
○ 各教育委員会、学校等が全国的な状況との関係において自らの教育及び教育施策の成果と課題を把握し、その改善を図るとともに、そのような取組を通じて、教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する。
○ 各学校が各児童生徒の学力や学習状況を把握し、児童生徒への教育指導や学習状況の改善等に役立てる。
特徴
「知識」に関する出題=国語A・数学・算数A
「活用」に関する出題=国語B・数学・算数B
・「知識・技能等を実生活の様々な場面に活用する力などに関わる内容」
・「様々な課題解決のための構想を立てて実践し評価・改善する力などにかかわる内容」など
「地域類型」による学力差はほとんどみられない。子どもたちを取り巻く生活環境の全国的な均質化が進行しているためと考えられる。トイレ事情、テレビの視聴、コンビニチェーン店の進出、携帯電話の普及、インターネットへのアクセスなど、日本全国均質的なサービスが行き届いている。
もちろん、均質的な義務教育の成果、 「品質管理」の行き届いた教育の結果であることも挙げられるだろう。
だが、都道府県別の平均正答率を1964年の結果と比較した表がある。(表は略)
この表には思わぬ結果が表れている。
「1964年の結果では、下位に北海道・東北地方および九州地方の県が並んでいる。逆に上位に並んでいるのは、都市化の進んだ都府県、および四国と北陸地方の一部の県である。
それが2008年になると、様相が一変するのである。矢印で示したように、秋田・青森・岩手の東北三県の躍進ぶりは著しい(山形及び石川なども、それに続く伸び率を示している)。それに対して、かって上位グループであった愛媛・徳島・大阪では、順位の著しい下落が見られる。特に、6位→45位という大阪の急落ぶりは目をおおいたくなるほどの結果である(島根・岡山などもかなりの低下傾向にある)。その他で目に付くのは、福井・富山・京都が上位に安定していること、逆に北海道と長崎は下位層にずっととどまっていることである。」(志水宏吉)
中学3年数学の都道府県別平均点について、「順位の変動には同じような傾向性が認められる。県の並びは先ほどの小6国語とは若干異なってくるが、急上昇したのは秋田・宮崎・青森(矢印は引いていないが群馬・山形)などの諸県であり、逆に急降下しているのは大阪・東京・岡山(同じく矢印は引いていないが神奈川・埼玉)などの都府県である。要するに、「いなか」の諸県がアップを果たし、「都市部」の自治体がほぼ軒並みダウンという結果になっている。ここでも福井・富山は上位安定県となっているが、他方では高知と岩手が最下位グループに低迷している。」(志水宏吉)
都道府県の成績序列は、地域の教育状況や教育施策が反映されたものとして、その内容を吟味することはそれなりの意味はある。
小学校6年と中学校3年の国語と算数・数学があり、それらはさらにA問題・B問題に分かれる。個別に評価するのは面倒なので、A問題・B問題の平均正答率を求め、さらに国語と算数・数学の正答率を統合して、都道府県の成績序列を作ってみた。
2009年
小学校の都道府県成績序列表
2009年
中学校の都道府県成績序列表
小・中学校の調査資料の中で、小学校の成績の序列と中学校の序列が大きく食い違う県がある。なぜ、順位が大きく食い違うのか。この序列結果の資料からはその原因までは読み解けない。
志水教授の伝によれば、小学校での成績は家庭教育や環境に関係し、中学校での成績は学校教育のあり方による、とする仮説がある。
一概にはいえないが、小学校の序列が比較的よいのに、中学校の序列が大幅に転落している県がある。広島県・京都府・東京都・岩手県・千葉県さらに青森県・神奈川県などである。なぜ、中学校では序列が下がるのか。東京都の場合は、中学校から成績の良い子が私立に行ってしまうという事情があるだろう。神奈川・千葉も私立の影響があるかもしれない。その他の県はどのような事情なのだろう。
逆に、小学校に比べ中学校になってから序列を大幅に上げている県がある。島根県・岐阜県・長崎県さらに、静岡県・山口県・群馬県・山形県などである。これらの県は、中学校での学習指導が成果をあげているといえるのだろうか。
秋田県で効果をあげているという「家庭・地域との連携」や「少人数指導」は、大阪やその他の序列下位県でも力を入れてきた重要事項である。では、何が違うのか。それは「家庭・地域の安定」という要因ではないか」と志水教授はいう。
「すすんでいない地域」ようするに「いなか」の県のキャッチアップが進み、今日では生活や教育環境のギャップや格差は見られなくなった。それと同時に進行したのが、高度経済成長・都市化の波に導かれた、地域・家庭における安定的な生活・教育環境の解体・崩壊のプロセスである。地域社会における人間関係の希薄化、伝統的な家族の解体と個人化の過程の進行。そのプロセスが大阪ではより急激、秋田ではより緩慢なため、学力の「逆転」が起こったのではないか。
安定性が維持されている地域の子供たちは、安定した生活リズムを築き、確かな学習習慣を育みやすい。結果として、点数に表れる学力は向上する。逆に、安定性が壊れてきている地域の子供たちは、しっかりとした基本的生活習慣・学習習慣を形成しにくく、学力の伸長も疎外されがちである。
しかし、今回の都道府県格差は以前の調査で見出されたものと比べると、絶対値は小さなものに留まっているという事実。2008年調査では、すべての教科においてほとんどの都道府県が平均正答率の+-5%の範囲内にある。強いて序列化しただけで、学力差はあくまでも一定の範囲内の話しということに注意する必要がある。
平均点を県別に序列して比べるから、学力格差があるように見えるが、平均点の数字を比べると、それほどの学力差があるわけではないことがわかる。
地域類型による差はほとんどないし、県別の学力差も数字の上では大きくはない。
筆者は、志水教授の分析を踏まえて、学力格差の構造を別の角度から分析してみた。
大阪と秋田のそれぞれの県正答率(正当設問数)の分布を調べてみた。
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5.2009年の結果からみた学力格差とは
2009年の中学校学力調査結果から、全国・東京・大阪・秋田の各県について、正答数の分布(正答した設問数)の形状を調べてみた。平均正答数ではわからない、分布の形状から見えてくるものがあのではないか、と思うからである。
平均正答数 標準偏差 人数
全国 26.55 6.06 1,077,333
東京 25.40 6.21 72,642
大阪 24.00 6.73 67,993
秋田 27.15 5.03 10,076
国語Aは主として「知識」に関する問題で、教科の基礎・基本的な知識を問う出題である。基本的な国語力が問われる。
青い秋田のラインは、31をピークに28から下は急激に分布を減らしていて順位上位県の典型的分布となっている。平均値は27.15。
それに対して、黄色の大阪府ラインは、30をピークに下はズルズルと高めの分布が続く。平均値24.00。
東京都の紫は全国の黒の分布と重なっていて、ほぼ同じ分布形となっている。
上位の秋田と下位の大阪を例として、全国平均と比較して何が大きくことなるのか。分布グラフからは次のことが読み取れる。(具体的な数字はグラフとは別に集計した。)
正答数20以下の人数比率でみると、全国平均では約18%。それに対して上位県の秋田は10%、下位県の大阪は25%となっている。要するに、成績下位者の比率が大きいということである。下位県の課題はこのあたりにあるのではないか。
国語Aでみられるこの傾向は、数学Aにおいても同様に見られ、この傾向は国語B・数学Bにおいていっそう顕著になる。
平均正答数 標準偏差 人数
全国 8.25 2.67 1,077,767
東京 8.12 2.74 72,680
大阪 7.51 2.99 68,156
秋田 9.00 2.18 10,074
国語B問題についてもA問題と同様の結果が出ている。
青いラインの秋田の分布の上位傾斜が際立っている。それに対して黄色ラインの大阪は下位順位県の典型的な分布形を示している。
平均正答数 標準偏差 人数
全国 20.93 7.57 1,077,950
東京 20.65 7.63 72,699
大阪 19.78 7.98 68,185
秋田 22.70 6.90 10,072
国語の場合と同様、数学においても基本的な傾向は変わらないが、全国や東京の平均的な県の分布をみても正規分布というより、分布が上下に分かれる「ふた山」現象が見える。これは数学という教科の特性で、大きく「できる子」と「できない子」、「授業についてこれる子」と
「授業についてこれない子」の2グループに分かれることを示している。
秋田の青い分布は値29あたりをピークに直線的な下降線を描いている。それに対して全国・東京は分布の山が29と18の2つに分かれている。黄色のラインの大阪は2山がもっと顕著に出ていて、上の山が低く、下の山が相対的に高くなっている。
秋田のようなできる県というのは、数学に特徴的に現れる「ふた山」現象が弱く、「できない子」 「授業についてこれない子」が相対的に少ない、ということを表している。中学校の数学は学校での指導-学習の効果が出やすく、上位県は「できない子」
「授業についてこれない子」に対するケアと指導がしっかりしているといえるのではないか。
平均正答数 標準偏差 人数
全国 8.65 3.93 1,077,972
東京 8.52 3.94 72,734
大阪 7.87 4.09 68,218
秋田 9.51 3.66 10,068
数学Bでは、数学Aで現れた傾向性がいっそう協調されて現れている。秋田と大阪は典型的な対比を示している。
「できる子」と「できない子」、「授業についてこれる子」と 「授業についてこれない子」の2グループに分かれる「ふた山」現象が顕著である。特に、下位の県の課題が明らかなのではないか。
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6.学校間格差の問題
学力調査で出題された課題に対する達成状況の分析も大切ではある。
日本の教師は優秀だから、達成目標に対する教え子たちの達成程度を踏まえて指導の軌道修正を適切に行えるだろう。 だが平均達成状況からは何がわかるのか。指導内容や方法の変更により全体としての底上げはそれなりに可能ではあるだろう。
授業がわかり、ついてこれる子供たちは問題にはならない。問題は授業についてこれないあるいは参加できていない落ちこぼれの子供たちである。その子供たちをどう指導していくのか。
「しんど地域」「しんどい学校」という問題がある。
校区の社会経済的要因と学力の関係。これは日本の教育界においては「タブー視」されてきた問題。個人情報やプライバシーもからむ微妙な問題ではある。
学力と「就学援助率」の関係について、2009年の報告書では次ぎのようにまとめている。
「○就学援助を受けている児童生徒の割合が高い学校の方が、その割合が低い学校よりも平均正答率が低い傾向が見られる。
○就学援助を受けている児童生徒の割合が高い学校は、各学校の平均正答率のばらつきが大きく、その中には、平均正答率が高い学校も存在する。」
「学校間に見られる子供たちの学力格差はどのように生じるのかと考えてみると、そこには大まかにいって、「家庭の力」と「学校の力」の二つがかかわっていると見ることができる。安定した生活環境が「崩れてきている地域」、換言するなら「しんどい地域」というのは「厳しい状況のもとにある家庭」が多数を占める地域のことである。」
「真に問われなければならないのは「家庭間での格差」の問題である」。(志水宏吉)
今回の学力調査のなかでは、この学力と「家庭間での格差」の相関関係は必ずしもあきらかにされてはいないが、学力低下問題の根底にある課題であると思われる。
マクロ的に見ると、都市化の進行と格差社会のなかで、教育の場においても、「家庭間格差」の問題が学力格差となってあらわれてきているといえるのではないか。
●刈谷剛彦教授は、「学校の教育効果は、階層のカベを突き破る潜在力を十分に持っている」として、「効果のある学校」を提唱する。
「効果のある学校」とは、生徒たちの家庭の文化的階層は中位にあるが、学力テストの結果が最上位レベルに位置している「成功例」の学校のこと。
(岩波ブックレット「学力低下」の実態 2002年10月 刈谷剛彦教授・志水宏吉教授のグループによる調査)
(1)「学習意欲」や「自学自習」をキーワードとする指導が行われている。
(2)「個別指導・少人数学習・一斉指導」を柔軟に組み合わせた授業づくりが推進されている。
(3)子どもの集団づくりを大切にし、「わからない時はわからないと言える」学習環境をつくっている。
(4)家庭学習にも活用できる「習得学習ノート」をつくり、子どもたちが学習の見通しをもち、学習のふりかえりができるようにしている。
(5)「総合学習」等で、子どもたちが「進路」や「生き方」を考えることを重視し、学習に対する動機付けを促している。
等
また、志水宏吉教授は「学力を育てる」(岩波新書)の中で、日本版「効果のある学校」 -しんどい子に学力をつける7つの法則-として、次の7項目をあげている。
@子どもを荒れさせない
A子どもをエンパワーする集団づくり
Bチーム力を大切にする学校運営
C実践志向の積極的な学校文化
D地域と連携する学校づくり
E基礎学力定着のためのシステム
Fリーダーとリーダーシップの存在
以上
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