西行と鴫立沢(しぎたちざわ) |
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「心なき身」とは何か。思慮がない、無分別といった意味や世捨人の境地などの解釈がある。和歌の伝統を外れたとっ言った意味もあるようだ。どの解釈をとってもそれなりによいように思う。 |
鴫立沢 とは何か 秋、ものへまかりける道にて 鴫立庵は、神奈川県大磯町大磯1289にある。JR大磯駅から、国道1号線沿いに二宮駅方向に歩いて10分程のところにある。 |
鴫立庵の入り口。国道の脇にこんなところがあった。 |
鴫立庵は国道1号線沿いに、海側のやや沢になった場所にある。国道には車がビュンビュン行きかっているが、一歩園内に入ると往時の静寂に包まれ、沢の水も流れており、鴫立の沢の雰囲気をいくらか味わうことができる。 鴫立庵は、寛文4年に、西行のこの歌にちなみ昔の沢らしい面影を残す景色の良いこの大磯の場所に、鴫立沢の標石を建てたのが始まりだという。その後、元禄8年(1695年)5月、紀行家と知られ、俳諧師としても有名だった大淀三千風(おおよどみちかぜ)が入庵し、円位堂・法虎堂・秋暮亭など今日に残っているお堂の大部分を建立した。 |
左は、大磯町教育委員会の案内板。写真をクリックすると拡大する。 鴫立沢は、西行法師がこの地で鴫立沢を詠んだという言い伝えが室町時代よりあったと書いてある。 |
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奥に見えるのが円位堂(西行堂)。辺りの住宅街や交通の喧騒のなかでここだけは風情が漂っているかのようだ。 |
円位堂といっても、西行と何か関係があるのかと思うと、特に関係があるわけでもなく、ただ、西行像が安置されているだけのことのようだ。 |
西行堂の中の西行像。 クリックで拡大。 この形相なら、頼朝の歌を教えてくれという申し出をにべなく断ってしまうそういう西行の顔だ。 吉野山・西行庵の西行像。 風雅を解した天性の和歌表現者の顔。 |
西行は、立膝でリラックスしているようにも見えるが、表情は厳しい。どの程度、実物の西行に近いのかは不明だが、さもありなんと納得してしまう顔つきをしている。私好みのとてもよい表情をしている。 西行の顔はどんなだったろう。どの西行像が近いのかさえわからない。西行は武門出の苦行僧のような厳しい顔をしていたのか、和歌や楽器をたしなむ貴族のような柔和な顔立ちだったのか、それとも生き迷う煩悩凡夫の顔つきたったのだろうか。出家に際して、すがりつく娘を欄干から蹴落とした、鬼の形相の西行をイメージする人はいないようだ。 |
MOA美術館蔵の西行像 この西行の絵は鎌倉時代のもので西行の実像に近いかも知れない。こちらは西行最晩年とおもわれ、良寛のような優しさのうちにも厳しさを秘めた柔和ないい顔をしている。 |
円位堂の西行とMOA美術館蔵の西行像は、優しく柔和な雰囲気なのだが、よく見ると骨ばって野性味のある顔をしている。武家出の苦行僧の形相だが、現世との関係も立ちきれない、そんな複雑な顔が私の中の西行イメージである。
真夏の鴫立庵を訪ねた 鴫立沢(しぎたちさわ)に、なんとなく行ってみたくて大磯に来た。 西行が気になったのはやはり芭蕉の追っかけをやっていたからだろうか。なにしろ芭蕉が心の師としていた人なのだから。 心なき 身にもあはれは しられけり 鴫立沢の 秋の夕暮れ |
入ってすぐ右手にある鴫立庵。ここでよく句会が開かれるとのこと。 レストランからみた鴫立沢。 レストランのテラスからみた鴫立庵。 アジフライを食べながら、生活人の「心なき身」が感じる「あはれ」について考えた。 「予が風雅は夏炉冬扇(かろとうせん)のごとし。衆にさかひて用(もちい)る所なし。ただ釈阿・西行のことばのみ、かりそめに云ちらされしあだなるたはぶれごとも、あはれなる所多し。後鳥羽上皇のかかせ給ひしものにも、「これらは歌に実(まこと)ありて、しかも悲しびをそふる」とのたまひ侍しとかや。されば、この御ことばを力として、其細き一筋をたどりうしなふ事なかれ。猶(なほ)「古人の跡をもとめず、古人の求めたる所をもとめよ」と、南山大師の筆の道にも見えたり。」 (芭蕉「許六離別の詞(柴門ノ辞」より) |
「心なき身」という気分にしたってみたかった。 出家も草庵隠棲も旅する歌人も、現代からみると遠い心象ではある。なのにどうして西行という生き方に引かれるのだろうか。西行のような生き方をしたいとは思わないが、うじうじしながらの右往左往なのか、潔いのか、何故か魅かれてしまう。 なにもない私は悲しいかな、西行のようには生きられそうもない。凡人凡夫は一生懸命に身を粉にして働くしかないのだ。才能のない人間が生きるには、黙ってこつこつと仕事をするしかないではないか。そうやって生きていればいくらかなりとも人と社会の役に立てることもあるのではないか。そうと思い定めたら、いくらか気が晴れて、生きていく元気も出てきた。 小林秀雄の全作品集の「西行」(新潮社)のなかで、「心なき 身にもあはれは しられけり 鴫立沢の 秋の夕暮れ」について、彼はこんな風にいっている。 |
鴫立庵の浦はこのとおり。湘南波乗り道路が走っている。 |
「心なき身」気分の私が訪れた「鴫立庵」には、さわやかな湘南の風が吹き渡っていた。 いかにせんいまだ生き迷う還暦越え ああ、また駄作。 鴫立庵の横にとんかつ屋さんがあった。「アジフライ・とんかつ定食」でお昼をとった。やや量が多かったが、アジフライが新鮮でおいしかった。 |
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