なぜ学ぶのか
1. なぜ勉強しなければならないのか
2. 学ぶことの個人的な理由
3. 学ぶことの共同体的・集団的な理由
4. 「なぜ学ぶのか」~実現すべき自己とは何か~
5. 学ぶことの法的な規定をみると
4. 「なぜ学ぶのか」-実現すべき自己とは何か
ところで、子供や若者の多くは「自己実現」のために働きたい、そのために勉強するのだという。自分がやりたい職業、やりたい仕事をやる、やりがいのある仕事をやるのだという。自分の能力を発揮でき、自分らしい仕事をしたいのだというのだ。そのような思いは決して悪いことではない。自分の夢や「自己実現」を目指して努力する姿は素晴らしいと思う。だが、実現すべき「自己」とは何なのだろうか。一生を賭けて実現するに値する自己なのだろうか。そのための努力や能力を身に着ける訓練をしているだろうか。そういう反省も必要だろう。実現すべき自己のイメージを明確に持ち、そのために勉強し努力する。医者になりたい、弁護士になりたい、薬剤師や看護師になりたい。さらにプロのサッカーや野球の選手になりたい。人それぞれの夢や希望を持ち、それを目指して精進することは望ましいあり方に違いない。
だが、実態としては高校や大学を卒業しても、実現すべき「自己」が見つからずに、自分探しに生き迷う若者が多いのではないか。また、自己実現を目指して仕事についても、現実の経済状態や競争社会、企業社会の中で挫折を味わうことも多いだろう。
実現すべき「自己」があるはずだと考えることは、単なる思い込みではないのか。それは生活や仕事のなかで「自己」をつくっていくという人間の生き方の実際的な在り様から外れているように思う。とりあえず何でもいいから縁のある仕事に携わってみて、努力して年季を積んで一人前と認められ、役割を担うことが期待され、それを引き受けてさらに仕事をし成果を出していく。そういう仕事の積み重ねや上下左右の人間関係やお客さんとの関係の中から自分が何者なのをを知る。失敗を恐れるべきではない。失敗や挫折は成長の糧である。そうした失敗経験や知識や技能、情報やノウハウの蓄積のなかから自分のキャリアを磨いていく。そういうなかから自分は何をやりたいのか、実現すべき自己とは何なのかも見えてくるのではないか。そういった人生の過程を踏む前に、実現すべき「自己」とは何かという問いを設定することには無理がある。自分とは何かという自己理解、仕事についての深い知識と理解、どうやって仕事を遂行するのか、問題解決や創造力や人間関係・社会関係構築能力、そういった能力を身につけるように勉強しなけれはならない、学び続けなけれはならない。
「なぜ学ぶのか」という問いには、したがって答えは一つではありえない。

現在の資本主義社会の中では、社会に出て働くということは自分の労働力と引き換えに給与を得るというかたちから逃れることはできない。一般的には、優れた技能や知識や資格をもった労働力ならより高い給与を得ることができる。現代社会において、企業の求める人材イメージも多様化している。グローバル経済の進展のなかで、企業も生き残りをかけて不断の業態組み替えや改革が求められるからである。知識や技能や企業への忠誠心だけでは、業態を維持することは難しい。多国籍社員や多言語でのコミュニケーション力や企業価値の創造力や、英語共用語と能力主義の社内風土の中で生き残っていける能力は、日本の若者に過酷な試練を課し「生きる力」と能力を要求する。
一方、3K職場(ちょっと古いか)やブラック企業と呼ばれる会社がある。低賃金・低福祉・長時間労働・使い捨て・過労死を特徴とする。企業生き残りのシワ寄せを働く者や下請けに課す会社である。雇用の流動化ともとに、能力・成果主義は働く者にいっそう高い能力レベルを要求し、うまく対応していける者とそうでない者を分別していくだろう。働く者は労働法などの法律知識とともに高い職業倫理をもってわが身を処す能力を身につけるべきである。

基礎・基本的な学力はもちろんのこと、コミュニケーション能力、創造力、自立的行動能力、ITCツールの活用力や複数の外国語をあやつる能力等々が求められる企業社会にあって、労働者は自分の労働力に高い価値を付加し、対応能力を持っていることを証明する必要がある。その労働をとおして自己を実現する、自分のやりたいことをやる、自分の能力を発揮できる職を得るといった努力が求められる。 努力して勉強し獲得した知識・技能や能力を、会社の仕事に全力投入し適応することが求められる。

生活の多くの時間と労力が仕事に費やされることは、現代企業のなかでは前提である。余暇の時間を趣味やスポーツに使うことや自分のやりたい勉強や文化的な好みなど使うことは、仕事との関係でうまく調整する能力が必要だろう。仕事や家庭や趣味や社会貢献など、自分の時間を何を優先して使うか価値観が問われる。

実現すべき自己とは何か。どうやって実現するのか。自分のやりたかったことは何だったのか。それを常に考えて仕事をし人間関係を作り、生活していかなければならない。どのような状況の中でも自己を維持しながらうまく対応していける能力、課題解決能力、そういった能力が期待される。
これは企業に雇用される場合だけでなく、自分で資金を集め、事業を起こす場合も同様である。現代におして、本当に自分がやりたいことをやるためには、困難の多い路ではあるが自分で起業するしかないだろう。

そういうなかで自律的に仕事ができる専門職への希望者いつの時代でも多い。高度な専門知識が必要となるとなり、国家資格を必要とする職業が大半である。博士号の学位者、公認会計士、医師、獣医師、弁護士、一級建築士、薬剤師、歯科医師、不動産鑑定士、弁理士、技術士、社会保険労務士、税理士、上級のITCシステムアナリスト等などである。
だが、希望すれば誰でも専門職につけるわけではない。そういう専門職について独立し自律的に仕事ができるようになる人は多くはない。

仕事を選ぶさいには自分の能力や適性を理解し納得する必要がある。また、職種や仕事の実相についての情報も収集しなくてはならない。そして、仕事を選択決定し実際にそこで働いてみる。そのようなキャリアの積み重ねの中で、自分が何者なのかを知り、実現したい自己とは何なのかをイメージし、その実現のための戦略と実行計画を練っていくことになる。
学ぶとは、そういった人生の過程を生き延びるためのすべ、方法を身につけることであるだろう。なぜ学習するのかは、なぜ働くのか、なぜ生きるのか、その解を求める旅程なのかもしれない。